You talkin' to me ? 2nd_新たなる驚異を求めて

見た映画・テレビの話をだらだら且つのんべんだらりと綴るブログ

パンナムで行く怪獣島の旅

そんなわけでこの日の大トリとなった4本目「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」

怪獣の登場する場面は全て少年の夢の中だけで、現実世界には出現しないという、ゴジラシリーズ中でも異色作中の異色作と言える内容。全編がどちらかというと「ウルトラQ」の一篇のようなムードで統一されており(音楽がその「ウルトラQ」と同じ宮内國郎さんだったことも大きい)ある種良質なジュブナイルを見ているような気分にもさせて貰える映画だった。

その「オール」のあらすじについては以下の通り。

<Wikiより抜粋>

神奈川県川崎市に住む、いじめられっ子で引っ込み思案の小学生・三木一郎は、両親が共働きの鍵っ子だ。彼のもっぱらの楽しみは、同じアパートに住む「発明おじさん」こと南信平が作った玩具で遊ぶこと。

発明おじさんを真似てガラクタで作った玩具のコンピューターで夢の世界へ向かった一郎は、怪獣島に住むミニラと出逢う。そこで一郎はミニラが、自分をいじめているガキ大将と同名であるいじめっ子怪獣ガバラにいじめられていることを知り、自分によく似た境遇にいるミニラを激励する。

一郎がそんな夢に浸っている最中、逃亡中の2人組の銀行強盗犯がひょんなことから一郎を人質に取ろうと企てる。

<抜粋終了>

この映画は公開が昭和44年となっているが、劇中の風景や生活様式というのは70年代前半にガキだった我々のような世代にとっても懐かしいと感じられるモノばかりで、たとえばまだ排ガス規制前で体に悪い排気ガスを垂れ流していた車がびゅんびゅん走るその横を通って学校に通っていたりとか、両親が共働きで帰宅しても自分しか居ない「鍵っ子」だった事とか、同じアパートに住んでいる親戚でも何でも無い赤の他人なのに妙に仲の良いオトナの人が居たとか、昼間は玄関の鍵なんか殆ど閉めたこともなかった等々、自分の体験と照らし合わせても思い当たることが山のように描写されているのであった(もっと言えば近所の廃屋を自分だけの「秘密基地」としていたこととか、わけのわからんガラクタを拾ってきてはオモチャにしてみたりとホント「70年代のガキあるある」を果てしなく見せられていくのだ)

それで思い出すのはダニー・ケイ主演の「虹を掴む男」(2013年にベン・スティラーが「LIFE!」のタイトルでリメイク)と「かいじゅうたちのいるところ」(2010年)が、まんまとは言わないけれども私はこの「オール怪獣」によく似たフォーマットの映画だったという気がしているのである。

共通しているのは主人公が夢(或いは妄想)に逃避し、そこでの疑似体験によって心を洗われ現実世界に戻ってくると言うモノだが「オール怪獣」が特徴的なのは主役の少年が現実世界で本当の冒険(二人組の銀行強盗に誘拐され、それを一人で対峙して生還するという)を体験し、さらには夢の中で見たミニラの頑張りを心の拠り所にして逞しくなっていくというプロセスをとてつもなく素直に、そして何のてらいもなく描いていたことにある。

このことが割礼映画(言い方としたら「少年の成長物語」の方がキレイだけど)としてもより秀逸な物となっており先に挙げた同系統の二本よりも秀でていた部分だったと思うのだが、それ以上に私は上でも書いたようにある特定の世代の人にとってはリアルすぎる懐かしさを与えてくれる少年回帰ムービーでもあったのではないかと思えたのであった。

そうした自分の少年時代をオーバーラップさせると同時に、今この年でこの映画を見ていると親目線でも(と、言っても私は自分に子供が居ないので( ̄。 ̄;)叔父の立場としてしか見ていないが)感情移入してしまう箇所が多々有り、文字通り一皮むけた一郎くんが最後お母さんに甘えることもなく「ぼくだって一人で大丈夫だよ」と大人びたことを口にした場面なんかは劇中の母親役・中真知子さん(加山雄三の若大将シリーズでお馴染みの女優さん)が泣くのと同じタイミングでこっちもホロリと来てしまったくらいで(ああ~ええ話やなあ・・・(;ω;))

まあ忌憚なく書いてしまうと「特撮」映画としては見るとこ一つも無かったけど(^◇^;)「映画」として見たらばこれはすごい良い作品だったんじゃないのかと、今回大画面で再見してあらためてそう思い直した次第である。我が輩は本多猪四郎監督の作品は特撮ジャンルに限ると殆どを見ているけど、ゴジラシリーズで唯一全権監督(怪獣登場場面は旧作からの流用が殆どで、新撮だった新怪獣ガバラの登場場面も本多監督が演出をされたそうだ。円谷英二監督は「監修」名でクレジットされているが実際はノータッチだったとのこと)だった本作が実は一番本多さんの慈愛に満ちたお人柄が反映されていたのではないかと、そんな風にも感じましたですなあ。

・・・と、いうことで朝10時から夕方5時まで( ̄▽ ̄;) 一日四本のゴジラ体験はこうして幕を閉じたのであった。この高知美術館での特撮映画上映企画は4年連続となったわけだけど、私は個人的には今年がもっとも楽しかったなと思っているのである。やはり怪獣映画はまず子供に楽しんでもらい、その上でオトナも一緒になって没頭出来るというスタイルが望ましいのかもしれない(その中でときどき「シン・ゴジラ」や平成ガメラみたいなマニアックな物が入ってくればよりジャンルとしての幅も拡がるのではないか)

なので来年五年目はぜひ昭和ガメラシリーズを四本立てでやっていただきたいなと、わたくしアンケート用紙にはその旨を長々と書いて参りました(反映されるかどうかはわからんけどもね(ーー;))

あと、心配していた客入りは初日に限って言うと午前中が四分程度、午後からは六分程度と去年よりは動員が上がっていたようで少しホッとしている。二日目の入りはわからないけど、土曜日であの感じなら日曜日はもう少し増えていたのではないかと期待しているが、本当にこのシリーズだけは頑張って継続していただきたい物であります(可能なら冬もやってくれりゃいいんだけど)

お祭りムードが充満しているセレクトだったおかげで来場している人は家族連れが多く、ところどころで子供達の楽しそうな声が聞こえてきたのも嬉しかった。ただ少し文句を言わせてもらえば去年今年と告知が遅かったのと、館内の待ち時間が昨年に続いて今年もノーBGMだったこと。なんかやたら静かで落ち着かなかったし、あの時間は上映作品のサントラあたりをかけて気分を盛り上げるような舞台設定をすべきだったとモノスゴク思ってしまった(この件もアンケート用紙にはしかと( ̄。 ̄;)書いてきたが)あれだけはなんとかしてもらいたいよね。

もっともこんなマニアックな企画上映を毎年やってくれてるだけどもありがたいと思わなければいけないわけで、そこは感謝せねばならないところでもあるのだ。そんなわけで四国在住の特撮ファンは当面高知県立美術館には足向けて寝ないようにしましょう。

最後に今回の上映は「追悼・中島春雄さん」の意味合いもあったように思えてなりませんでした。遅まきながらではありますが、ここに謹んで氏のご冥福を心からお祈りしたいと思います、合掌(‐人‐)。

※私のお仲間であるトガジンさんがゴジラ映画全作のレビューをご本人のブログにて執筆中です。ふざけた感想文ばかりの私と違い、的確且つ誠実でお手本のような記事を書いておられますのでウチのブログ読んでなんやねんしょうもない、失敗したわ!(__*)とお怒り、或いはお嘆きの諸兄がいらっしゃったらお口直しにぜひご一読くださいませ。

◆参考◆トガジンさんのブログ「映像学科22番」

この田舎怪獣め!殿、宇宙でござるよ

途中ランチタイムを挟んでの三本目は「怪獣総進撃」

午前中の2本は佐藤勝さんの音楽だったので、この日初めて毎度お馴染みの伊福部マーチが聞こえてきたときは「おー、やはり怪獣映画の音楽はこうでないとなあ」としみじみ聞き入っていたのであった(別に佐藤さんの曲が嫌いなわけでも何でも無いし、単独で聴いたらどれも良いテーマ音楽になっていたとは思うけれども、コレばっかりは己の脊髄反射的問題なので(^_^;)しょーがないのだよ)

と、いうわけで話がとっちらかる前にあらすじ紹介を_

<Wikiより抜粋>

20世紀末(劇中の新聞では1994年)、国連科学委員会(U.N.S.C.)は硫黄島に宇宙港を建設する一方、世界の脅威だった怪獣たちを小笠原諸島の島(通称「怪獣ランド」)に集め、平和裏に管理・研究していた。

しかし、怪獣ランドに突然謎の毒ガスが充満した直後、怪獣たちが主要都市に出現して暴れ始める。原因を突き止めるべく、国連科学委員会は月ロケットムーンライトSY-3艇長の山辺克男に怪獣ランドの調査を依頼する。

早速調査に向かった克男たちは、怪獣ランドの職員たちによって怪獣たちがリモートコントロールで操られていることを知る。さらに、その職員たちを操るキラアク星人が姿を現し、恐るべき地球侵略計画が明らかになる。

<抜粋終了>

コレを読むだけで実にスケールの大きな話だと思ってしまうのだが、じっさいリモートコントロールされた怪獣達が世界中の観光名所を破壊していく場面などはディザスタームービーを見たときに感じる絶望のカタルシス(あくまでも映像表現に対しての反応ね( ̄。 ̄;))があって序盤はなかなかのもの。

その中のひとつであるゴロザウルスが凱旋門を遅う場面で映画の中ではアナウンサーが「地底怪獣」としか言わないのを疑問に思ったのか、館内に居た子供がけっこう大きな声でお父さんに「地底怪獣って名前ナニ?」と聞いていたのが耳に入ってきた。

そのお父さんは思いっきり「バラゴンや」と間違えて仰っていたのだが、これをケアレスミスと見るよりは特撮ファンの豆知識として浸透している"この場面は当初バラゴンが登場する予定だった"というデータが先走って出てしまったと見るべきかもしれない(そう考えるとあのお父さんごっついマニアだったかもしれんな。まあ「地底怪獣」という四文字を見たら自動的に「バラゴン」とルビをふってしまうのは特撮ファンの悲しい性でもあるけど・・・)

それでやっぱりこの映画って作りがとてもマジメなので、午前中の2本に比べると少しリズムが重くて冗長に思えてしまい、朝早くから高知へ来ていたのと昼飯の直後と言うこともあってか少し眠たくなっていたのも事実なのであった(←こんなヤツは怪獣ファンの風上にもおけんな(__;))

なので今回に限っては自分の中でウケたポイントが少しズレたところばっかりになってしまって、たとえばキラアク星人の方々がどう見ても通販番組に出てくるおばちゃん軍団にしか見えないこととか(喋り口調もそんな感じだし)リモートコントロールの発信器を隠していた場所がスゴイ断層の中や椰子の実の中、みたいな君らエラい細かい仕事してましたなと言う可笑しさだったり( ̄。 ̄;) 富士の裾野での最終決戦を実況中継していたアナウンサーがなんだか楽しそうに見えたりとか(「一番乗りはゴジラか!?ラドンかっ!?」)その辺のツッコミどころの方が目に付いてしまったのだった。

それ含めて11匹もの怪獣が一堂に会する面白さはやはり大画面ならではのもの。個人的にはもう少しバランの活躍場面を作ってやって欲しかった気はするが、ゴジラを中心とした怪獣陣は絵面としても壮観の一言でしたわ(あと忘れちゃいけないムーンライトSY3の格好良さ)

そして最後の一本についてはまた明日書くつもりであります。

※下予告動画はリバイバルで改題されたときのもの

まずはDNA鑑定をたのむよ

二本目は「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」

ここからの三本はすべて劇場鑑賞が初めてのゴジラ映画ばかりで、わたしはチャンピオン祭りでのリバイバル(及び新作)上映の際にも行ってない(「息子」は73年の夏、「総進撃」は72年の冬に「ゴジラ電撃大作戦」のタイトルでそれぞれ再映されている。「オール怪獣」は記念すべきチャンピオン祭り第一回の作品でもあった←69年冬)参考までに我が輩のチャンピオン祭り参戦を振り返ると以下のようになっているはずである(記憶に自信があるわけでは無いがたぶんこうだったと思う)

○1971年夏期 「ゴジラ対ヘドラ」
○1972年春期 「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」
○1972年夏期 「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘(短縮再編集版リバイバル)」
○1975年 「メカゴジラの逆襲」
○1977年 「キングコング対ゴジラ(短縮再編集版リバイバル)」

こうして見ると思ったより少ないような気もするのだけど、おそらくこの時期は東映まんがまつりの方に力を入れていたのかもしれないな・・・

さて、それはともかく「ゴジラの息子」である。

前作「南海の大決闘」に続いてふたたび南海の孤島を舞台にした映画だが、こちらのストーリーそのものは意外にシリアスで従来のゴジラ映画が持っていた疑似科学要素(SF風味)もふんだんに盛り込まれていて、ミニラの存在自体が終始ユーモラスな空気を生み出しているモノの、映画の根幹自体は「いつもの」東宝怪獣映画のそれであり「南海」ほどのトンデモ感はあまり無かったようにも思えた(そらまあ突然記者が極秘取材のために空からパラシュートで降りてくるなんてのはアホほど無茶な話だけど( ̄。 ̄;)、「南海」の後だとそんなんも突飛なことには見えなかったりする)

こちらについても序盤だけあらすじを紹介しておくと_

<Wikiより抜粋>

太平洋上。嵐の中を飛ぶ観測機が、海上を進むゴジラを発見する。進行方向にはゾルゲル島という孤島があるのみだった。

そのゾルゲル島では将来の食糧難対策として、楠見恒蔵博士を中心としたチームにより、合成放射能ゾンデを利用した国際連合主体の気象コントロール実験「シャーベット計画」が進められていた。ジャーナリストの真城伍郎はこれを嗅ぎつけ、実験チームの押しかけスタッフとなる。

いよいよ開始される気象コントロール実験。しかし謎の妨害電波により、放射能ゾンデ打ち上げは失敗、島は異常高温に見舞われ、生息していた大カマキリが怪獣カマキラスへと変貌した。そんななか、伍郎は海岸で不思議な美少女と出会う。

カマキラスは巨大な卵を発見し、その卵の中からミニラが孵化する。カマキラスがミニラを攻撃しはじめたとき、そこへミニラの親であるゴジラが現れた。実験を失敗させた妨害電波は、親を呼ぶミニラのテレパシーだったのだ。

<抜粋終了>

最初に書くのを忘れていたのだが、このプリントは状態が良好で色落ちも無くひじょうに見やすいモノとなっていたのであった。生まれたばかりのミニラのヌメヌメした肌や(大画面で見たらちっとも可愛くなくて気持ち悪かったなあ・・・(°°;))ヒロインの冴子を演じた前田美波里さんのスタイルが良いのもよくわかるフィルムコンディション。それにしても一作ごとにこんな差があるんじゃいったい保存状態はどうなっとるのかと聞いてみたいですわね(こういうレンタル用のフィルムは東宝のどの部門が管理しているのだろう・・・)

それでこの「ゴジラの息子」については登場人物の数が「南海」の時以上に少なくなっており、スーツアクターの人を足しても一五人いたかどうかと言う小所帯で構成されている。こうなるとこぢんまりとした寸劇になってしまうおそれもあったのだが、幸いというかメンバーが高島忠夫・久保明・平田昭彦・土屋嘉男・佐原健二と東宝特撮オールスターメンバーで構成されていた事でそこまでのスケールダウンはあまり感じられない仕掛けにもなっていたのだった(キャストにこうしたお歴々が勢揃いしていたこともあってかドラマパートはそれなりの緊張感を維持したまま進行していく)

いっぽう特撮パートの方はなんと言ってもカマキラス・クモンガのオール操演(人が入った着ぐるみでは無く釣り糸だけで動かすクラシックな技法)怪獣が魅力たっぷりで目が離せないのである。中でも同時に三匹のカマキラスを別々に動かしていた場面や、地中からクモンガが土埃を吹き飛ばしながら出現するシーンなんかは素直にスゴいことやっとるなと( ̄。 ̄;)感嘆してしまった。春先に「キングコング: 髑髏島の巨神」を見たときにも似たような虫怪獣は出てきたが、アレに勝るとも劣らない動きの良さ(そして気色悪さもアリ)だったよと我が輩は言いたいですわ(現代のCG怪獣にも負けてないよと)

そして最後のゴジラ親子が抱き合ったまま雪に埋もれていく場面はわかっていたけどやっぱりジ~ンと来てしまった(T_T)トシ取るとこういうのにどんどん弱くなってくるよなあ・・・(ここだけでもこの映画見る値打ち有るよ)で、感動した後で書くことじゃないけど、鑑賞後はミニラってほんとにゴジラの実子だったかな??という疑問が湧いてくるのだった。なんとなく種族が一緒なだけで血縁関係はないような気もするのだけど実際はどうだったのだろう(良くて遠縁関係とか、或いは年の離れた兄弟だったとか)

と、いうことで一向に短く纏める事ができなかったため(__*)今回もここで終了。この上映会の話はまだ続きます。

次の項は別名「怪獣忠臣蔵」と言われていた映画についてなるべく簡潔に(;゜ロ゜)書く予定。

アイディアで勝負したらこうなりました

そんなわけでもはや土佐版平成チャンピオン祭りの様相を呈してきた高知県立美術館・夏の定期上映会「昭和ゴジラシリーズ・新時代」についてちまちまと感想を書いておく。

上映会は8/26・8/27と二日間開催されていたのだけれども、今回は初日の26日に参戦。徳島からは高速を走って三時間程度の距離ではあるが、不思議と関西怪獣映画の聖地・京都みなみ会館へ行くときほどの遠征感はあまり感じない(実はこの二カ所、徳島からの距離がほとんどいっしょ)やはり同じ四国であるというポイントが何処かで安心感を醸し出しているのかも(京都は都会なので毎回どーしても田舎モン特有の身構え反応が出て緊張してしまうのだよ)

自宅を早めに出たのが功を奏して現地に到着したのは9時過ぎと余裕を持って劇場入りすることが出来た。但し過去三回は二日に分けて土曜2本、日曜2本と見てきたモノを(昨年は4本見ずに2本だけを見て帰ったけど)今回は一気に4本鑑賞することになっていたので(ーー;)どの程度疲れが来るのかちょっと読めないところはあったのだが、みなみ会館でのオールナイト体験のことを思えばアレほどのしんどさはあるまいと、どこまでも楽観的に臨んできたのであった。

それにしても「4本立て」ですよ( ̄。 ̄;)あらたまって考えてみたらホンマにすごいプログラムだよね(またそれを2000円で見られるんだからありがたい話)

ということで順を追っての感想。まずは一本目「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」

少し前にも書いたと思うけど、この映画をわたしは本家東宝チャンピオン祭りのリバイバルで見ており、劇場で鑑賞するのはそのとき以来となる。

近年はビデオやDVDで何度も見ていたけれども、やはりスクリーンで見るのは特別な感覚があるのだ。しかしながら残念だったのはプリントの状態が芳しくなく、画面全体も赤みがかった状態がずっと続いてそうとうに見づらくなってしまっていたこと。さらにコマ飛び・音飛び共に酷く、とてもじゃないけどお話を追いかけるのは難しい事態に陥っていたのであった( ̄▽ ̄;)

あれだと初見の人はまずどういうストーリーだったのか把握するのが難しかったことだろう(よりによって肝心な導入部である耐久ダンス大会にやってくるくだりがばっさり切られていた。ああなると主役グループの成り立ちが何もわからず突然ヤーレン号で太平洋に繰り出すように見えてしまう)

この映画の面白さって実はそうしたドラマの方にあると私は思っているので、そこを見て貰うことが出来なかったのはひじょうに残念な気がする。もう物語展開としたらすごい流れなので、いちおう簡単に紹介しておくと_

<Wikiより抜粋>

青年・良太は、南洋でマグロ漁船ごと行方不明になった兄の漁師、彌太が生きているとの恐山のイタコの託宣を信じ、マスコミを頼ってひとり上京してきた。ヨットの賞品が懸かった「耐久ラリーダンス大会」を知り、会場を訪れた良太は、途中ギブアップした出場者の大学生・仁田、市野と知り合う。

その晩、葉山海岸に向かった一同は、港にあった太平洋横断用のヨット「ヤーレン号」に無断で泊まり込むが、そこに訳あり風の男、吉村がオーナー顔でいた。翌朝目が覚めた一同は、良太の手でヤーレン号が港を離れはるか海上にあることを知り、さらに吉村の金庫破りを報じるラジオニュースを聞いて驚く。こうして良太の兄探しに同行する羽目となった吉村らだが、突如ヨットを襲った暴風雨の中で巨大なハサミに襲われて遭難、南海の孤島レッチ島に流れ着く・・・

<抜粋終了>

兄の消息を恐山のイタコから聞くという出だしが既にクレイジー( ̄。 ̄;))しかも結果的にヤーレン号は四人で「盗んだ」事になったというのに良太の口からは至極爽やかな口調で「これは神の思し召しだ」(__*)みたいな台詞が出てくるのもスゴかった。正直ここまで(エビラが出現するまで)怪獣映画の臭いはまったく感じないのだけど、ゴジラ映画でこんなに序盤目が離せない作品は他に無かったのではないだろうか。

もう速いテンポでどんどん事が起こっていくので、上に書いてあるレッチ島に辿り着いた後でも一気呵成に話が動いていくためか九〇分があっという間に過ぎていくのだ(関沢新一さんの脚本がとにかく軽妙/軽快で台詞の一言一言もそうだし伏線の張り方や回収の仕方が無駄なく(そしてかなり強引に(ーー;))処理されているのが旨い)

特撮の方ではよく言われる経費削減の煽りで都市破壊がゼロ(要するに南海の孤島に舞台を限定したことによって建物のミニチュアが不必要になるという)になっている見せ場の少なさというのは有りながら、そこは限られた中でいろいろと知恵を絞った後が伺えて楽しかった。例えばエビラが最初に出現する嵐の大海原シーンでは巨大なハサミが海上から浮上しヤーレン号を沈めにかかるのだけど、古典的なトリック撮影であるスクリーンプロセスによる映像が実に迫力満点。画面が雨風で荒れているシーンと言うこともあったが、ヨットが高波に襲われる場面のリアル感は相当なもの(それとこの日に限ってはフィルム傷が大量にあるのも良い方に出た)

IMG_2152.jpgゴジラとエビラの戦いに於いても放射能火炎が海上に当たった瞬間水蒸気が大量に立ち上るのを見せたり、海に飛び込んだゴジラを本当に水中で撮影してみたりとかなり工夫を凝らした作り方をしているのに驚いた。

そんなスーツアクターとしては難しい水中での演技を嬉々としてこなしていたのは先日お亡くなりになったばかりのミスター・ゴジラこと中島春雄さん(左写真参照。これは中島さんの半生を綴った本「怪獣人生/元祖ゴジラ俳優・中島春雄」の表紙で、ちょうど「南海の大決闘」撮影時の物)中島さんが自著の中で「この頃のゴジラは本当に感情豊かにやってるよね」と仰っていたくらいなのでこの辺はまさに円熟期の怪獣芝居面目躍如といったところか。それくらいこの映画の中のゴジラは良く動いていたように思う(壊すモノがないから動きやすいというのもあっただろうけど( ̄。 ̄;))

そして新怪獣のエビラが所謂ノーマルな着ぐるみではない点(足が無いので人が入った状態で陸に上げることが出来ない)を逆手に取り海にいることによってゴジラと対等に戦える状況を作っていたのはナットク(今まではしょせんでっかいザリガニやないかい(ゴジラ相手には役不足というか)というツッコミをされがちなヤツでもあったけど、こうして見たらけっこう強い怪獣に見えたし)

あと昭和ゴジラ対決シリーズの定番でもあった「怪獣同士による岩石のぶつけ合い」を本作ではアニメーションで処理しており、不思議な空気感を表現していたのも新鮮で楽しかった。そうした「細かい芸」というのかな?派手な特撮シーンは殆ど無いけど(ボクシングで喩えるならローブローの手数がやたら多くて後で効いてくる戦法にも近い(^_^;))現場の頑張りが良く伝わる仕事ぶりであったなと思うのである(合成カットの入れ方もけっこう大胆な構図を放り込んできてたし)

それとこれはホントかどうかわからないのだが、もともとこの映画はゴジラシリーズでは無く当時RKOから使用許諾を得ていたキングコング映画の1本(「キングコング対ゴジラ」の次という位置づけで)として構想されていたそうである(「コング対エビラ」だったかな?)紆余曲折の末それは「キングコングの逆襲」へと繋がったそうで、ゴジラはその穴埋めとして(?)企画だけ残ったエビラの相手にキャスティングされたのではないかという話であった。言われてみれば本作の"南海の孤島+美女+ご陽気なムード"なんてのはキングコング映画のお約束でもあるし、あり得る話ではある。

全体を見れば昭和ゴジラ映画の中でもかなり変わったカラーだったというか「奇天烈な面白さ」という指数を前面に出すのであればこれは相当な数値を弾き出した映画であるとも言えただろう。本多・円谷・伊福部トリオの王道ゴジラ映画とはまた違った「B面の楽しさ」とでも言ったら良いのか、コレはコレで全然有りだなと思えた九〇分でもあったなと。

・・・と、書いているウチに長くなったのでいったん終了。次の項では最近フィギュアスケートの鈴木明子にも似ていると噂の怪獣王ご子息の物語について書く予定。


あの怪獣はげにわりことしじゃ

たった今一泊二日の高知旅行より帰還。最大の目的であった高知県立美術館・夏の定期上映会「昭和ゴジラシリーズ・新時代」をしっかり満喫してきたのでありました。

もう今日はしんどいんで( ̄。 ̄;)詳しい感想や報告等は明日以降綴るけど、同地での企画上映に対する来年への期待値がさらにグッと上がったことだけは間違いなかったと断言しておきましょう。
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