You talkin' to me ? 2nd_新たなる驚異を求めて

見た映画・テレビの話をだらだら且つのんべんだらりとゆるく綴るブログ

Sort by ◆超銀幕無法地帯・激動編=劇場で見た映画の話

Category: ◆超銀幕無法地帯・激動編=劇場で見た映画の話  

乾いた王国の片隅で、オマエは何を探すのか??

そら胡散臭い謎のハート型ハーブでっしゃろ、ということでタイトルは杉良太郎の声でこぶしをきかせて読むように(「王国」を「まち」と読めばなおよし)

で、そんなことはともかくとして(ーー;)今回は江戸の黒豹ならぬワカンダの黒豹兼国王の奮闘記「ブラックパンサー」を見てきたはなし。

この時期は毎年のことだが我が輩2月後半から年度末にかけてかなり疲弊した状態が続いていた。新年度に入り少しずつそれが緩和されてきたおかげで映画館に行く気力も戻ってきたのだが、まもなく「アベンジャーズ・インフィニティウォー」も始まるし、MCUシリーズをずっと追いかけてきた者の一人としては本作を早く見ておく必要があったのである(上映終了があと数日に迫っていたし・・・)

当初はブラックパンサーが初登場した「シビルウォー/キャプテンアメリカ」から連続したストーリーになるとのでは予想していたのだけど、これなら別にアレ見て無くても概要さえ聞いていたら一本の映画として見られる作りになっていたし、毎度の事ながらよく棲み分けが出来ているなと感心した(一応「シビルウォー」に出てきたCIAのロス捜査官(近年大忙しのマーティン・フリーマン)とか「アベンジャーズ・エイジ・オブ・ウルトロン」に出ていたクロウ(今やモーションアクター界の大スター、アンディ・サーキス)なんかも出ているので旧作見た方がより楽しめるのはマチガイないけど(クロウの義手の件とかは「ウルトロン」きっかけだし)大枠の筋立てはだいたいわかるはず)

それで実はフェイズ2(2013年の「アイアンマン3」以降の作品)に突入してからのこのシリーズは大同団結編のアベンジャーズ(と、類似系統だった「シビルウォー」)より、個々の単独ヒーロー主演作の方が明らかに面白い娯楽映画になっていて、今回は私の好みで言うと「アントマン」「スパイダーマン・ホームカミング」の次くらいに楽しかったと思っているのである。

なにより本作はここまでのMCU作品とは色合いが全く違っていて、ヒーローであるブラックパンサーも彼個人が突出した能力を持っているわけでは無く、あくまでも彼の国・ワカンダの科学力が飛び抜けて素晴らしいという点で他のヒーロー物との差別化を図っているように思えたのだった(個人だけで能力比較したらホークアイとかブラック・ウィドウくらいのものではないのかと)

また、この映画で良かったのが二代目国王となるチャラ(チャドウィック・ボーズマン←「42」の彼だったとは最近まで知らなかった・・・)を支える女性陣が素晴らしく魅力的だったところで、安易に喩えるなら老舗旅館の頼りない若社長をフォローするスーパー女将軍団とでも言おうか、我が輩は彼女たちの活躍無くしてこの映画は成立しなかったのではとさえ思えたのである。

主要メンバーであるチャラの妹で科学主任的立場のシュリ(レティーシャ・ライト)は殆ど007の"Q"みたいな存在でヘンな言葉使いも妙に可愛かったし、チャラの恋人で工作員でもあるナキア(ルピタ・ニョンゴ)なんかははっきり言ってチャラより全然頼りになる( ̄。 ̄;)かっこいいアニキ的なおねいさんで、なお且つスゴい美形なのも高ポイント。

なによりもっと格好良くてもっとオトコマエだったのが国王に忠実な親衛隊の隊長・オコエでありましょう。この役を演じたダナイ・グリラは「ウォーキング・デッド」でウォーカー(番組中のゾンビの俗称)たちを日本刀でざっぱざっぱと切り捨てていくミショーン役を好演しているが、わたしはこのオコエ役の方が容姿(ミショーンがどちらかと言えば中性的なキャラだったのに対し、オコエはスキンヘッドが尼僧風の色気を醸し出していて女性要素が多分にあったのも良かったのだ)含めて似合っているのではないかという気がしたよ。

ストーリー自体は王位継承者がもうひとり突然現れて対決の末にその座を追われた主人公が気合いを注入され( ̄。 ̄;)奪還に挑むという「よくある」ものであり、じつはブラックパンサー自体は本編の中でそれほど目立てて無いのだけど、先に書いた女性陣の活躍がそれらを補って余りある、言ってみれば実に優秀な神輿となって主役を盛り立て続けており、それがこの映画をなんとか娯楽映画として支えていた要因だったのではないかと我が輩には思えたのである。

もっといえばこの「ブラックパンサー」と言う題材は映画よりもドラマの方が向いているのではないかとすごく感じたのだが、今後は劇場ではなくNetflixあたりで続きをやってくれないかとついつい期待してしまう(それがムリならオコエを主役にしたスピンオフでもオッケーだ)


Category: ◆超銀幕無法地帯・激動編=劇場で見た映画の話  

針と溝が生む快楽の世界

続いてサントラ盤アナログレコード回顧録「洋画編」ということで。

最初に買った海外作品のサントラ盤がなんだったか、じつは記憶が曖昧なのだけどおそらくはクイーンが音楽を担当した「フラッシュゴードン」だったような気がするのだ(我が輩がたぶん中三か高一の時←81~82年頃)

映画の方はまあ見事なくらいしょーもない話ではあったけど( ̄。 ̄;)曲はめちゃめちゃカッコイイと思っていたのである(のちに新日本プロレスに登場したブラックタイガー(初代)という覆面レスラーの入場曲に使われたりもしていた←footballfightと言う曲。左のジャケ写をクリックすると試聴できるので、五曲目を聴いてもらいたい)

これはレコードを手放した後でCDを買い直したが、曲と曲の間に本編のドラマ音声が入っていて、それがCDだと1トラック終わるたんびに一回ブツリと切れちゃうのね( ̄。 ̄;)あそこはアナログレコードならではの仕様だったというのがよくわかる。

それで今回はとりあえずあの頃(82~84年)アナログレコードがマスター音源(今もHDDにデータとして残っている曲)の物でよく聴いていたサントラを動画で片っ端から貼り付けてみることにした。

まずは「イルカの日」(ジョルジュ・ドルリュー)と「宇宙の7人」(ジェームズ・ホーナー)特に「宇宙の7人」は「七人の侍」以降世界中に溢れた"7人もの"のなかでもかなり変わった代物。我が輩これバカっぽくてすごく好きなんですわ(ヘンにテーマ曲がカッコいいのも良いのだ)
 

ジェリー・ゴールドスミスの曲から二本、「カサンドラクロス」と「カプリコン1」。こいつらは曲の出だしだけでうむむっ(__;)ええなあと思ってしまうのである。やはりOPテーマ曲の善し悪しって今から見ようとする映画に対しての気持ちの入り方が変わっていくから重要。
 

「アルゴ探検隊の大冒険」(バーナード・ハーマン)と「銀河伝説クルール」(ジェームズ・ホーナー。あ、ホーナーも二曲目ではないか( ̄。 ̄;))たぶん当時この両作曲者の音楽を聴いたのはこれらが初めてだったと思うのだけど、これきっかけで彼らの映画音楽に興味を持ったような記憶があるなあ(ハーマンならこのあと「サイコ」「タクシードライバー」のサントラを、ホーナーだと「エイリアン2」「48時間」なんかをよく聴いていた)
 

以下の4作はまず間違いなくレコード盤が自宅にあったものとして記憶に残っている(レコードを手放したときに曲リストだけじゃなくその辺も書き残しておけばよかった)「マッドマックス」(ブライアン・メイ)「ライトスタッフ」(ビル・コンティ)「サイコ2」「トワイライトゾーンThe Movie/超次元の体験」(この二本はジェリー・ゴールドスミス)
 

 

画像1たぶん4枚とも知人の伝手で入手した輸入盤ばかりだったと思うが、右写真がそのジャケット群。

残念ながら「マッドマックス」のジャケ写が何処にも転がってなかったので、代わりに日本国内で出されたイメージソングのシングル盤写真を入れてみた。

ちなみに歌は串田アキラさんが熱唱している。

このあと86年くらいから後は私もCDでサントラを買うようになり、アナログ時代とは比べものにならないくらい色んなモノに手を出してきたのだけど、これらも特撮モノのレコード群と同様、15年前にまとめて売却。

ただし映画系のサントラはCDが多かったのですべてを録音して残すことが出来、曲に関しては今でもほぼ聴くことが可能となっているのである(アナログ盤の方は録音出来たのが半分くらいだったかな、それ以外は残しもせず売ってしまったが・・・)

前回の記事でいただいたコメントの返信内容と被るけど、今思うと私はアナログ時代あの30センチあったジャケットの大きさに感動してレコード買っていたよう気がするのだ。

レコードに針を落としジャケ写を裏表中と隅から隅まで見つつその映画に思いを馳せながら音楽を聴くという行為そのものを、とてつもなく心地よかったと思っていたはずなのである。

CDになってからは不思議とその感動があまりなく、音も良くなって収録曲数も増えAB面をひっくり返す手間も不要になったというのに、なぜか曲に対する没入度は以前のそれとは違っていたのだ。おそらくはその小さくなった盤面を見たときの目から入ってくる情報がパンチ不足で脳のどこかにも刺激が足りてなかったのでしょうなあ。

あの感動の変化はLDがDVDに変わったときとよく似ているのだけど、それにプラスして自分の年齢上昇による感性の劣化が大きく影響していたのかもしれない。

そんなわけで、これからのソフトはわたしのようなジジイ世代対応で映像にしろサウンドにしろ時代に逆らってパッケージを敢えて大型化(CDもDVDもジャケットだけは30センチサイズに戻すと)してみてはどうだろう(高齢者マニア向け対策の商売として面白い試みだと思うのだが)
Category: ◆超銀幕無法地帯・激動編=劇場で見た映画の話  

目指せ!スーパーセンテナリアン

少し前のことだが夫婦で「四万十~いのちの仕舞い」という映画をイオンシネマで見てきた。

中身は高知県・四万十で奮闘するひとりのお医者さんを追いかけた地方のドキュメンタリー映画で、こういうのを徳島で上映するのはきわめて珍しいことなのだけど、おそらく四国つながりでイオンシネマ徳島が作品選定したのではないかと思うのである(シネマサンシャインだとまずこの手はやらない)

この映画に関して私自身は特に見ようと思っていたわけではなく、家内からの要望で劇場に行ってみることになったのだった。なんでも朝日新聞のコラムを本作の出演者である内科医の小笠原望さんが書いているらしく(タイトルは「診療所の窓辺から」)家内はそれを毎回楽しみに読んでおり、その人が出ている映画ならぜひ見てみたいと心が動いたそうである。

我が輩はいい年して新聞を熱心に読まない人なので(ニュースソースとしての役目は既に終わっていると思っているし(ーー;))家内に言われて初めてそんな映画があるのを知ったのだけど、いままであまりこのブログでは書いてなかったが、もともとドキュメンタリーというジャンルは好きだったので(BS系のドキュメント番組は割とマメに見ているのだよ)今回の鑑賞要請もけっしてやぶさかでは無かった。



映画の方は先に書いた小笠原先生の診療の模様を淡々と見せていくもので、患者さんひとりひとりとのやりとりをあまりを頻繁にカットを変えることもなく、それこそ一緒にその場で診察を見ている家族の気分になれるような作り方になっている(ドキュメンタリーだからというのもあるが、BGM等の効果は殆ど付けられていない)

※小笠原先生は1951年高知県生まれの現在67歳。四万十市内の内科クリニックにお勤めで今は主に在宅介護をされているお年寄りの訪問診療を行っている(老人ホームへの訪問も多いようだ)理想論ばかりではなく現場のリアルも十分に承知したそのスタイルは実に柔軟かつ自然体。また本人のキャラが木訥さの中に飄々としたところもあってか人を惹き付ける魅力をとても有した方で、それだけでこの映画は最後まで見られる力を持っていたと思うのである。

訪問先のお年寄りは田舎と言うこともあるのかスゴい高齢の方が多く、中には104歳(ーー;)というおばあちゃんが居られたりするのだが、基本小笠原さんのスタンスが「無理な延命措置はせず苦しむ事無く自然に寿命を全うし、最後は自宅で家族に看取られたほうが良いのではないか」というもの(むろん延命措置の判断は家族に確認を取ってからではあるが本人、廻りの家族含めて少しでも穏やかな最後を迎えて欲しいといった考えた方が根底にあるように思えた)

そのためか訪問先では治療、診療がメインと言うよりは寧ろお年寄りの顔を見て長時間話を聞いてあげ、如何にリラックス(または発散)してもらうかという事を親身になって行っており(ある種のカウンセリングになっているのだろうなあ)その人柄が伝わっているのだろうと思うのだがどこのお年寄りも「先生に見て欲しい」という人がほとんど。

老人ホームにいた認知症のおばあちゃんなどでも初回診療の際は睨むように小笠原さんを見ていたのが何度目かからは完全に心を許した雰囲気になってきて、たとえボケていてもそういた好意・熱意はなんとなく届くようになっているんだなと感心させられてしまった。

それでなるほどなと思ったのは小笠原さんは診療時にマスクを着用せず顔をすべて出した状態で患者さんに対峙していて、これは昨今の感染症に対するケアとして医療関係者がそれをしていないのはどうなのかという声もあるとは思うのだけど、わたしは敢えて小笠原さんは自分の表情が常にわかるような状態を作って文字通りフェイストゥフェイスで接しているのではないかと言う気がしたのである(劇中でそう言及されていたわけではないが)

特に超・高齢の方であればあの薄いマスク一枚が壁のように感じられて心を開いてくれないのではという事もあるだろうし、言ってしまえば余生が短いであろう人たちに対して廻りが神経質になりすぎるのも良くないのかなと、先生の態度を見ているとそういうことも感じてしまうのであった。

本編の中では訪問診療をしていた方が何人か亡くなられて、中にはその臨終の間際にカメラが出くわすこともあったりするのだがそこに悲しみはあまりなく、むしろ「よく頑張ったね」という労いの空気があふれていたように私には思えたのである(遺族の方と小笠原さんとの会話もそこには収められていたが皆が皆穏やかな表情を見せて故人を偲んでいたのが何をか況んやだったのではないか)

この映画を見たら薬漬けになって病院に何年も入院し、寝たきりで喋れない動けない、でも生きている、みたいな老後は送りたくないなとすっごい思ってしまった。天命が何歳かは関係なく、己の寿命が近づいて来たときは私も小笠原先生みたいな人の世話になって家族に看取られながら最後を迎えたい物だなと(そのためには独居老人にならないようにせんとね(__;))

で、内容的にはすごく良いドキュメンタリーだったなと感じたのだけど、冒頭にもっと先生のプロフィール紹介を詳しくやってもらわないとここまでの経緯がなんとなくしかわからないので、そこはDVD化するときに追加してもらった方が良いのではないかと思ったですなあ。

それとこの映画は広いシネコンより地方の公民館とか学校現場とか、そういう所でやったほうが似合っている作品じゃないかという気がしたし、もっと言うと劇場じゃなくテレビでいろんな人に見てもらいたい内容でもあったなと、我が輩そんな風にも感じました。

最後にわりとどうでも良い感想を付け加えておくと、小笠原さんが訪問診療に使っているマイカーがHONDAの"life"(人生)だったのがなんかよく出来た話だなーと・・・( ̄。 ̄;)
Category: ◆超銀幕無法地帯・激動編=劇場で見た映画の話  

ネズミ印だとこうも変わっていくのか

今年最初に見た映画は「スターウォーズ・最後のジェダイ」になった。

最初に書いてしまうけど我が輩はこれダメでしたわ(゜´Д`゜) なのでこの後の記事はネガティブな言葉がだらだらと続いていく可能性が高いので、未見の方はここからスルーしてくださいませ(いちおうストーリーの根幹に触れるようなことは書かないつもりだけど)


実は見てきてから既に一週間以上が経っているのだけれども前記事である「GODZILLA」の感想と同様に今回も自分のリアクションに自信が無いと言うか、この映画に全然ノレなかった己の感性は果たしてどうなんだと自問自答したくなるほど消化不良の状態が今日まで続いていたのであった。

前作である「フォースの覚醒」はなんだかんだ言ってもハン・ソロとレイア姫の復活にワクワクしたし(言い方悪いけどさすがは腐ってもハリソン・フォードだと)新しい主役であるレイ(デイジー・リドリー)とフィン(ジョン・ボイエガ)とBB-8のトリオも良いメンバーだなと思っていて、脇ではキャプテン・ファズマみたいな華のある敵キャラが登場したのも歓迎できる要素だったと思うのである(我が輩ホントはカイロ・レンよりこっちを前面に出してほしかったのだが)

何より「フォースの覚醒」はまさかの新シリーズ復活によるお祭り気分が充満した映画だったと思うのだよ。翻ってこの「最後のジェダイ」では"もうひとりのなんだかんだ"であるルーク・スカイウォーカーが全然かっこよく映っておらず、我が輩は彼に向かって「さすがは腐ってもマーク・ハミル」とはこれっぽっちも思えなかったのですわ。

ルークがひとり隠遁生活を送っていたわけも「え?そんなちっちやい理由で?」(;゜ロ゜)てな感じだったし(レイの至極まっとうな説得(父親のベイダーを改心させた貴方ならなんでもできるとレイに説教(?)されていたのはまさしくそのととおりやないかい!と観客全員からツッコまれたんじゃないか)を聞いていると、彼女と一緒になってキミは今までいったい何を引き籠もっていたのかと言ってやりたい気分になる。

そもそも自分にとってはヒーロー以外の何物でも無かったルーク・スカイウォーカーが半ば人生をドロップアウトした偏屈ホームレス爺ちゃんみたいな描き方をされたのはあまりにも納得がいかない。たとえ30年以上の年月が経過していようとも少しくらいかつてのルークらしさを見せてくれても良かったんじゃないのかと、ここはめっちゃ物申したい気分になってしまった(オビワン風のキャラ変ならまだ許せたのに。あと、R2D2との邂逅で彼がルークを説得するのに使った「Ⅳ」のときのレイアのホログラフ(「ヘルプ・ミー・オビ・ワン・ケノービ」)を見て「ずるいぞ」と苦笑して返すところはすごい良かったけどね)

だいたい今度のファースト・オーダーにしろレジスタンスの側にしろ、ものすごい所帯の小さいグループ同士が小競り合いをしているように見えてしまって、その煽りでどのグループのリーダーも全部小物感が強くなってしまっているのね(カイロ・レンを筆頭に皇帝もどきのスノーク(この名前聞くと「ムーミン」に出てくるヤツを思い出すな)も然り、レイアの代行で指揮を執るホルド中将(ローラ・ダーン←だいたいアンタ誰やねん?と言いたくなる唐突な登場の仕方。好きな女優さんだけにこの起用はちょっとどうなのかと)もそう。ここは彼女じゃなくアクバー提督で良かったんじゃないのか。

それと私がいちばん乗り切れなかったのは主要キャラ達の魅力の無さという点で、前回良かったレイは特に理由もなく強いフォースを持っていることになっていたり(新時代の若者はジェダイの血脈を持たなくともフォースを持って生まれてくるという事なのかもしれないけど←ラストに登場した子供もそういうことなのかなと。今後こういう新時代のジェダイは大量に誕生するという暗喩だったのかも)「なんで彼女なのか」という理由付けが一切無いまま中心人物になってしまっていたのが違和感ありあり(あの程度の修行で確変モードになっちゃったの?みたいな)

で、フィンにいたっては活躍殆ど出来ず印象に残ったのはなんだい彼はブス専(こういう言い方ってほんと失礼で申し訳ないと思うけど、私はローズ役のケリー・マリー・トランがちっとも可愛く見えなかったのだよ( ̄。 ̄;))だったんかということくらい。私のお気に入りだったファズマも「あんなこと」になってしまったしなあ・・・

もともと我が輩は前作からアダム・ドライバー演じるカイロ・レン(こんな青びょーたんみたいな子が今後も悪役として話の中心に居ていいのかね)とポー(オスカー・アイザック)は全然気に入っていなかったし、今回もローズを筆頭にDJ(ベニチオ・デル・トロ)、宇宙鳥(?)のポーグ、宇宙狐(??)のヴァルプテックス、と見事なくらい好きになれるキャラを見つけることが出来なかったのだった(個人的に唯一気に入ったのがルークの居た星の魚みたいな原住民で、少し砂男の焼き直しぽかったけどアレはなかなかおもしろかった)

こうなってくると映画に対して思い入れを抱くのはけっこう難しくなってくるし、ドラマ以外でも戦闘シーンが「ジェダイの復讐」のリメイクみたいな絵になっていたのが既視感強くて(あれは狙いとして敢えてやってるのかな~)「フォースの覚醒」「ローグワン」で見せてくれたような「おおっ」という新味のある映像(見せ方)もあまりなかったような気がするのだ。

全体的には銀河の中心と言うよりは隅っこの方で揉め続けているイメージとでも言おうか、我が輩にはどうにもスケールの拡がりを感じられない物語だったように思えたのである。

まあどんなシリーズでも三部作の真ん中というのは「こういうもの」(中途半端に終わっていくもの)なのかもしれないのだけど、スターウォーズという大河物語が変節の時期に来ているのは間違いないところなのだろう。きっと次のエピソードでいったん完結した後は何のしがらみもない(旧作のキャラが一人も出てこないような)まったく新しいスターウォーズが作られていくのではないだろうかね(ディズニーの事だからたぶん商売になるうちは延々と続いていくのだろうし(^_^;)そうすりゃいずれは我が輩みたいなじーさんファンからあーだこーだ言われることも無くなるだろうしねー・・・)

Category: ◆超銀幕無法地帯・激動編=劇場で見た映画の話  

アースが生んだ怪獣はGODZILLA

劇場で見た映画の記録がメインのつもりのはずのこのブログで思いっきり書き漏らしていたのだけど、昨年最後に行ったのは「GODZILLA-怪獣惑星-」だったのである(これは12月中旬頃の話)



なんで直ぐ感想を書かなかったかと言えば、鑑賞直後に自分の中でこの映画を旨く処理できなかったというか、なんだか「面白くないと感じているのは(あ、書いちゃった(__*))ひょっとして俺だけか?」みたいな、世間様の高評価と乖離した己の反応に今ひとつ自信が持てなかったこともあったのだろう。

言い訳がましいことを書くけど、我が輩今度のアニメ版ゴジラについては特撮ファンの立場からしてもかなり期待していた一人なのである。老害怪獣マニアにありがちな「実写でないのはけしからん」みたいなことを言うつもりもさらさらなかったし、寧ろアニメならではの表現で描かれるゴジラがどうなるのかという、鑑賞前はそうした期待値の方が高かったハズなのだ。

事前に聞いていたストーリーの概略も悪くないと思っていたし、予告で見たゴジラのビジュアルもレジェンダリー版と「シン・ゴジラ」の折衷調にも思えて、こいつがいったいどういう動きを見せてくれるのか、見に行く前からかなりワクワクしていたのであった。

うーむ(--)(__)それがいざ本編が始まるとどうも自分の視聴生理に一向にシンクロしてくれず、90分という短い上映時間がとてつもなく長く感じられるという、怪獣映画を見に来てまさかの苦痛を感じるハメになってしまったのであります(__*)

こういうのは単に好みの問題と言ってしまえば良いのかもしれないが(或いは現代SFアニメに対する免疫があまりないと思った方が良いのか)私が感じたこの映画のトータルイメージは主人公のハルオが状況説明と心情吐露的な台詞をとにかくひたすら喋り続けているという印象で、極端なことを言うと「GODZILLA-怪獣惑星」の原作本を朗読されているかのような(或いは恐ろしく出来の良い紙芝居を見に来たような)そんな気分に陥ってしまったところもあったのである。

まあこの尺でこれだけの事情(設定)説明をやろうと思えばどうしたって台詞で語るしか術がないのはわかるのだけど、だったらどうして劇場映画ではなくテレビシリーズにしなかったのかとか、映画でやるなら最低この倍の上映時間を使う必要があったのではないかと思わずには居られなかった(三部作でやるなら全部でちょうど10時間くらいに収まるようにすれば良かったのでは)その意味でこの映画に感じた拒否反応的な煩わしさはまるで聞く気のなかったを講談を延々と聞かされた気分に近かったのかもしれない。

但し映像としては見るべきところもかなりあって、例えば人類がゴジラの脅威から逃れて宇宙難民になるというくだりは少し「バトルスター・ギャラクティカ」を彷彿させて悲壮感も相当なモノがあったと思ったし、先に書いたような"アニメならではの怪獣表現"についてもゴジラの巨大感、恐怖感、そして無双ぶりという点に於いては直近の実写版二作に匹敵していたようにも感じられたのだった(上の予告動画にもあるゴジラが空港を襲うシーンなどは特に)

これに続く5月公開予定のパート2である「GODZILLA-決戦機動増殖都市」(なんか「エヴァンゲリオン」のサブタイみたいだな(°°;))にはメカゴジラも登場すると言うことでそれなりの楽しみはあるのだが、今のところ続編に行くかどうかは思案中。

そしてなんとこの「GODZILLA-怪獣惑星-」が明日17日からNETFLIXにて全世界一斉配信開始となるらしい。私が見てきたのがまだ一月前だったというのに(;゜ロ゜)なんちゅう早さやねんという気もしているが、契約者の方は明日以降チェックされたし(無料体験の人も視聴可能)このペースでどんどんシリーズを配信してくれるならこっちで見ていくのもアリだな。

NETFLIX
画像1


12345678910111213141516171819202122232425262728293004 < >