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遊んでばかりで仕事しない、しろくろは今に●が狂う

徳島では上映終了日が近づいていた「レディ・プレイヤー・1」(2D字幕版、たぶん4DXだと酔うんじゃないかと(ーー;)心配だったんで敢えて2Dを選択)をよーやく見てきた。

いやもう予想していたより遙かにスゴかったな~・・・( ̄。 ̄;) そしてこれはなんと言えば良いのか、文字で感想を書いて人に説明・推薦をすることの意味があまりない映画だったというか、こういう手合い/ジャンル(主に80年代のSF/ホラー/ファンタジー等々)が好きな人であれば無条件に血湧き肉躍らせることが出来る物であったと、そういう言い方をするしかない映画だったとも思うのである(要は「見ればわかる面白さ」といか言いようのないモノだし「カネかけた"スーパーロボット大戦"みたいなもんだよ」と、一言添えればばだいたいイメージは伝わるハズ)

それで当初心配していた本作でネタに使われている各映画・各キャラたちを一切知らない所謂「いちげんさん」に対しても大枠のストーリー設定が簡単なために劇中で何をしているのかが直ぐわかる親切設計(?)になっていて、これを劇場によっては3D/4DXで上映しているのはそういう人たちにアトラクション映画として単純に映像を楽しんで貰おうという事なのかもしれないのだが、ある意味客層に合わせたダブルスタンダードの対応になっていたのは見事だなと、そっちの方にも感心させられてしまったのだった(マニアには細かく深い所を、ライトユーザーには全体を俯瞰で見てくださいという感じ)

また公式サイトを見て貰えば概要はわかると思うのだけれども、やっていることは特に目新しいことでは無く最初から最後までよくあるストーリーの範疇に収まっている。しかし乍ら先に書いたようにコレはそういう物語を追いかける映画では無く、何処まで自分が映像に埋没しいかにお気に入りのキャラたちと戯れるか( ̄。 ̄;)スキモノマニア側の1人として意見を書かせて貰うならばそれがこの映画の魅力の全てであったと、我が輩はそう感じているのである。

なのでこんなん○○が出たよ!と書けばそれだけでネタバレになってしまう可能性も孕んでいるので(°°;)あんまり細かいところは書きたくないのだけど、私がツボだったのはゲームステージの一つが丸々「シャイニング」の世界になっていたこと、ここがもっとも楽しかったし嬉しい場面でもあったので、それについてはちょっとだけ語らせていただきたい。

なにせ自分にとってはマイ・フェイバリット・ホラーの「シャイニング」、どういう味付けをされるのかなと思いながら見ていたら、ちゃんと映画館に入る所からスタートするのが良かったし同作のテーマ曲(オープニングの♪ぶーん、ぶーん、ぶー、ぶーん♪ああ、いつもの如く伝わりにくい説明だ・・・(__;))がかかって例のオーバールックホテルへ場面転換する所は思わず声出して笑いそうになってしまったくらい(アソコで笑っていたらきっとイタい客扱いされていたのだろうなあ・・・)

過去「シャイニング」に関してはオマージュ、パロディ各種いろんな事で模倣が繰り返されてきたが、ここまで完璧にコピーされていたのは今回が初めてだったのでは無いだろうか(も、それくらいどの名場面も完コピされていたのだけど、さすがに乳首まで出すのはダメだったみたいね(ーー;))

なんでも当初は「シャイニング」ではなく「ブレードランナー」を舞台として使う予定だったらしいが続編の「2049」が直近で公開されることになっていたので見送ることにしたそうだ(それはそれで見てみたかった気はする。うどん屋のオッサンがそこら中に現れてブラスター撃ってくるとか、いろいろやりようはあっただろうし)もし続編やるならソッチで是非やってもらいたい(それは別としても原作小説版の「ゲームウォーズ」では日本製キャラがレオパルドントとかウルトラマン、さらにはライディーンなんかも含まれていたのでつい期待はしてしまう)

わたしはもう正直この大ネタだった「シャイニング」のパートで入場料分元取った気分になってしまって、極端なこと言うと残りは惰性で最後まで見ていたようなモノだったのだが、それでもあのモブシーンに登場するいろんなキャラやメカ類を目で追いかけていくのがアホみたいに楽しくてどうしようもなかったのだ。

動きが速すぎて肉眼で確認できたヤツはたぶん半分も無かったと思うモノの、もうひとつ爆笑しかかったのは××(一応自粛)を「ウルトラセブン」のカプセル怪獣みたいな使い方したところで、思わず「なんでコイツやねん!」と大声でツッコみたかったくらいだが(;゜ロ゜)アレはオモロかったなー。

それで映画が終わってから感じた事なのだが、七〇歳過ぎてよくこんな邪気の無い(念のためだが褒め言葉)映画が撮れるなと、監督のスティーヴン・スピルバーグをあらためてスゴい人だなと見直してしまった。どんな天才監督でも年齢と共に撮る映画は変節していくものだと思うのだけど、この人はホント精神年齢が上昇してないのが本当に素晴らしいのだ(クドいようだが褒めてるので。ほかではジョン・カーペンターも同系統の監督さんだと思っている)

あと嬉しいなと思ったのが「レディ・プレイヤー1」を見て「シャイニング」に興味を持ったという人たちがいた事で、Amazonプライムで配信中の同作コメント欄にはそうした声も届いていた(なんとなく仲間が増えていく感覚があって良い気分)

※Amazonプライムビデオで配信中の「シャイニング」
※Netflixで配信中の「ROOM237」(「シャイング」をマニアが解析しようと試みる変わったドキュメンタリー)

最後にもしこの映画を未見の人でお住まいのエリアがまだ上映継続していたら、悪いことは言わないので今すぐ劇場へ行って見てほしいと思います。後からDVDを見てもこの楽しさは半分も味わえないと思うので、自宅にホームシアターを完備してない方であればシネコンの大画面・大音響に身を置いて楽しむことをお勧めさせて頂きます(後日DVDの静止画像をチェックしながら見つけられなかったキャラを探すのも一興ではありますが)



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これはヒーロー版の「ヒルストリート・ブルース」だったのだろうか??

「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」を見てきたはなし。

と、言ってもコレGW期間中の事なので見てきてからだいぶ日が経っているのだけど、ようやく五月病(50過ぎていつまでそんなことを言っているのか??というお叱りの声も無く( ̄▽ ̄;))も治まってきたのでそろそろ書いておこうかなと思った次第である。

耳に入れる気がなくてもこのシリーズに関してはいろんな所から事前情報が流れてくるため、今回もこれが二部構成の映画であくまでも「前編」であるというのはわかった上で見に行っていたのだが如何せん続きの「後編」が一年も後になるとは思って無かったので、正直こんなほったらかしのクリフハンガー勘弁してくれよとも言いたくなってしまった( ̄。 ̄;) しかし乍ら映画としては過去のどのMCU作品よりわかりやすくて見所の多い良作だったように思えたのだった。

そもそもMCUの中でもこの「アベンジャーズ」に関して私は以前から高校野球の全国大会みたいな物だと思っていて、各代表(ヒーロー)が一瞬でもキラリと輝く場面があれば多少無理なストーリーになろうとももうそれで成立するモノだと考えていたのである(以前も書いたけど従って各単体作品はそれぞれ県予選を勝ち上がってもらわないといけけない、これ即ちより深く切り込んだストーリーになってもらいたいということでもあるわけで)

じっさい「アベンジャーズ」「同・エイジ・オブ・ウルトロン」そして系列的には単体作品では無くこちらに近かった「シビルウォー・キャプテンアメリカ」等では群雄割拠とは言いながらも最後まで1グループ内での出来事を追いかけた或る意味平板な物語だったのに対して今回の「IW」だと最強ヴィランであるサノスを軸にした群像劇になっていたわけで、ここが大きく違っていたと私には思えたのであった。

いままでのアベンジャーズが「とりあえず(ーー;)集うことに意義がある」に徹した作りだったことを考えると、「第一部・完」へ向けて物語が終息に向かいだした今作では各ヒーロー(主に初期メンバーのアイアンマン・ハルク・ソー・キャップ)をそれぞれの場所で均等に描くことによって全体のバランスを取り、それはそれは見事に次作への興味として期待を残す結果にもなっていたとも思うのである。

この大量人数のヒーローストーリー(アントマンとホークアイだけは今回出てなかったけど、まあたぶん何か意味があるのだろうなあ・・・)をよくぞここまで旨く纏めたな、と書けばなんとも簡単な言い方になってしまうのだけど、これはホントにスゴいことだと感じたし、なるほど二部構成でたっぷり時間が取れたからこそ出来たことなのかと、映画を見終わってから激しくナットクしたのだった。

上で↑「第一部・完」と書いたけど、おそらく次の「アベンジャーズ」で初期メンバーは殆ど卒業し、今後は残ったメンバーとこれから出てくるであろう新ヒーロー達によって新しい"アベンジャーズ・ネクストジェネレーション"が展開されるハズなのである。その中心人物がスパイダーマンなのかスター・ロードなのかはわからんけど、オッサン映画ファンとしては正直何処までついて行けるのか(~_~;)些か不安も感じてはおるのだが・・・(と、なんだかんだ言いながらあと最低10年くらいは見に行ってるような気もするなー)

最後に次の「アベンジャーズ・とりあえずいったん完結編」で私がもっとも期待しているのは、何処でも良いしカメオ出演でも良いからとにかくコールソン(クラーク・グレッグ)を出して貰いたいこと。このシリーズ序盤最大の功労者でもあった彼の生存をなんとかトニー達初期メンバーに伝えてほしいと、我が輩はそれを切に願っているのであります(時代設定が90年代の「キャプテン・マーベル」には若作りして(?)出てくるそうですが)

 
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KAIJUたちのいるところ

少し前の平日仕事帰りで「パシフィックリム:アップライジング」(2D字幕版)を見に行ってきたはなし。

早い物であの燃えに燃えた前作から5年の月日が経ってしまった。今回はよーやくと言ったら良いのか、或いは満を持してと言うべきか、とにかく「あの続き」であるならばコレは期待しないわけがないという感じでこの度は劇場へと赴いたのである。

で、まあ開口一番でこんなことを書くのもどうかとは思うのだけど(ーー;) この映画の感想を一言で言えばとにかく「軽い・薄い」という言葉がもっともピッタリくるような気がしてしまった。「アップライジング」には前作にあったイエーガーのコイツはいかにも鉄の塊であると言った「ずしーん!ずしーん!」という"超・重量感"が微塵もなく(それに付随した見せ方でもある、動くたんびに某かのパーツがバラバラと落ちていくという、あの荒々しさも皆無)イエーガーの動きのあまりな滑らかさ、またスピードの速さが巨大ロボットではありながらどこかハリボテ感にも近いぺらっぺらの薄さを感じさせてしまうのであった(これは出現した怪獣連中に対しても同様の印象)

この"超・重量感"というキーワードは本シリーズに於いてすごく重要な点だと思っていたし、これが数多ある同様のロボット/モンスターが登場するハリウッドSFものとは決定的に違うところだとも思っていたのである(わたしの個人的見解にしか過ぎないけどつまりパシリムの魅力としてコレはなくてはならないモノでもあったと言いたいのだよ)

また、ストーリーの方でも続編としての体をキープするためにスタッカー(イドリス・エルバ)の息子・ジェイク(ジョン・ボイエガ)を話の中心に持ってきたのはわからないではないのだが、だったらアマーラ(ケイリー・スピーニー)のサイドストーリーとか訓練生達とのエピソードなんてまるまるいらなかったんじゃないかと思ったし、実質主役グループがシャオ産業側も含めれば四つに重なってしまって、たった110分の映画の中でこれらすべてを消化していくのはかなり無理があったと思うのですわ。

あんなに各キャラの描写が中途半端になるくらいなら最初からアマーラを中心にした物語を展開すれば、いわゆるニュージェネレーション物として「続編(またはPart2)」の形は作れたと思うわけで、わたしはあれだとただ単に登場人物をムダ使いしただけのように見えてしまって実に勿体ないなと思えたのである(天才少女がチームに入って軋轢を生みながら最後には皆で団結するなんてのはベタ展開になるけど、我が輩はそっちの方が絶対良かったと思っているのだ)

話を映像表現・演出方法の方に戻すけど、東京のビル街でイエーガーチームと怪獣軍団が対峙する場面なんかはビジュアルとしてはなかなか壮観で(富士山が東京にあるという四次元解釈的設定(?)も絵面の面白さで許せてしまうところはあった)ここからは多少は燃えられるかな?という要素もあったのだが、この肝心なクライマックスに至ってもこいつらの動きはやはり軽く見えてしまい、とうとう最後まで自分の気持ち(魂)を点火させることが出来なかったのだ。

なんの情報も持ち合わせていないので想像で語ってしまうが、わたしは今回メガホンを取った監督のスティーヴン・S・デナイトが、前作のギレルモ・デル・トロ監督ほどの「スキモノ」ではなかったのだろうと感じていて、おそらく原典(またはパクリ元(__;))になった日本のアニメ・特撮も「エヴァンゲリオン」「パトレイバー」「平成ライダー」「平成ウルトラ」(特に近年の劇場版。怪獣の最終形態はあのパターンを遵守しているイメージ)くらいしか見たことないんじゃないかと言う気がしているのである。

前作にあったようなすべてのシーンでいちいちネタ元を推察したくなるような箇所もほとんど無かったし、オレはあのシーンのアレが好きなんだよ!っていう拘りみたいなものはまったく感じられなかったので、そういう意味ではこのジャンルに対する制作者サイドの愛情表現もやや薄味だったのではないかと思えたのであった。

本来Part2で監督も替わってる映画なら気楽にもっと好きなことをやってもよかったハズなのだが、結果的にはなんだか軽薄短小で無味無臭な「映画館を出て三歩くらい歩いたらもう内容忘れそうムービー」になってしまったなあという印象が強く残ってしまった。

特に前作に思い入れもなく、国産特撮アニメ系にそれほど興味の無いヒトなら十分楽しめる映画ではあると思うけど、とにかく歯応えが無いので( ̄。 ̄;) そこは鑑賞時要注意であります(ヒトによっては「トランスフォーマー」のシリーズと勘違いされてもおかしくない作りではあるしなあ・・・)

それとダメ押し的な事を書くと、今回は音楽面での魅力が相当に乏しかった。前作で感じたあの高揚感溢れるテーマ曲がちらっとしかかからない(流用されない)のも不満だったし、そもそもなんで作曲者を変更してしまったのかとても理解に苦しむ(ラミン・ジャヴァディからローン・バルフェへ交代。前作では我が輩映画を見終わった瞬間にサントラを注文しようと思ったくらい気に入っていたわけで)

※↓下に前作のメインテーマを貼り付けてあるのでお聞きくださいませ。
 
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乾いた王国の片隅で、オマエは何を探すのか??

そら胡散臭い謎のハート型ハーブでっしゃろ、ということでタイトルは杉良太郎の声でこぶしをきかせて読むように(「王国」を「まち」と読めばなおよし)

で、そんなことはともかくとして(ーー;)今回は江戸の黒豹ならぬワカンダの黒豹兼国王の奮闘記「ブラックパンサー」を見てきたはなし。

この時期は毎年のことだが我が輩2月後半から年度末にかけてかなり疲弊した状態が続いていた。新年度に入り少しずつそれが緩和されてきたおかげで映画館に行く気力も戻ってきたのだが、まもなく「アベンジャーズ・インフィニティウォー」も始まるし、MCUシリーズをずっと追いかけてきた者の一人としては本作を早く見ておく必要があったのである(上映終了があと数日に迫っていたし・・・)

当初はブラックパンサーが初登場した「シビルウォー/キャプテンアメリカ」から連続したストーリーになるとのでは予想していたのだけど、これなら別にアレ見て無くても概要さえ聞いていたら一本の映画として見られる作りになっていたし、毎度の事ながらよく棲み分けが出来ているなと感心した(一応「シビルウォー」に出てきたCIAのロス捜査官(近年大忙しのマーティン・フリーマン)とか「アベンジャーズ・エイジ・オブ・ウルトロン」に出ていたクロウ(今やモーションアクター界の大スター、アンディ・サーキス)なんかも出ているので旧作見た方がより楽しめるのはマチガイないけど(クロウの義手の件とかは「ウルトロン」きっかけだし)大枠の筋立てはだいたいわかるはず)

それで実はフェイズ2(2013年の「アイアンマン3」以降の作品)に突入してからのこのシリーズは大同団結編のアベンジャーズ(と、類似系統だった「シビルウォー」)より、個々の単独ヒーロー主演作の方が明らかに面白い娯楽映画になっていて、今回は私の好みで言うと「アントマン」「スパイダーマン・ホームカミング」の次くらいに楽しかったと思っているのである。

なにより本作はここまでのMCU作品とは色合いが全く違っていて、ヒーローであるブラックパンサーも彼個人が突出した能力を持っているわけでは無く、あくまでも彼の国・ワカンダの科学力が飛び抜けて素晴らしいという点で他のヒーロー物との差別化を図っているように思えたのだった(個人だけで能力比較したらホークアイとかブラック・ウィドウくらいのものではないのかと)

また、この映画で良かったのが二代目国王となるチャラ(チャドウィック・ボーズマン←「42」の彼だったとは最近まで知らなかった・・・)を支える女性陣が素晴らしく魅力的だったところで、安易に喩えるなら老舗旅館の頼りない若社長をフォローするスーパー女将軍団とでも言おうか、我が輩は彼女たちの活躍無くしてこの映画は成立しなかったのではとさえ思えたのである。

主要メンバーであるチャラの妹で科学主任的立場のシュリ(レティーシャ・ライト)は殆ど007の"Q"みたいな存在でヘンな言葉使いも妙に可愛かったし、チャラの恋人で工作員でもあるナキア(ルピタ・ニョンゴ)なんかははっきり言ってチャラより全然頼りになる( ̄。 ̄;)かっこいいアニキ的なおねいさん。なお且つスゴい美形なのも高ポイント。

なによりもっと格好良くてもっとオトコマエだったのが国王に忠実な親衛隊の隊長・オコエでありましょう。この役を演じたダナイ・グリラは「ウォーキング・デッド」でウォーカー(番組中のゾンビの俗称)たちを日本刀でざっぱざっぱと切り捨てていくミショーン役を好演しているが、わたしはこのオコエ役の方が容姿(ミショーンがどちらかと言えば中性的なキャラだったのに対し、オコエはスキンヘッドが尼僧風の色気を醸し出していて女性要素が多分にあったのも良かったのだ)含めて似合っているのではないかという気がしたよ。

ストーリー自体は王位継承者がもうひとり突然現れて対決の末にその座を追われた主人公が気合いを注入され( ̄。 ̄;)奪還に挑むという「よくある」ものであり、じつはブラックパンサー自体は本編の中でそれほど目立てて無いのだけど、先に書いた女性陣の活躍がそれらを補って余りある、言ってみれば実に優秀な神輿となって主役を盛り立て続けており、それがこの映画をなんとか娯楽映画として支えていた要因だったのではないかと我が輩には思えたのである。

もっといえばこの「ブラックパンサー」と言う題材は映画よりもドラマの方が向いているのではないかとすごく感じたのだが、今後は劇場ではなくNetflixあたりで続きをやってくれないかとついつい期待してしまう(それがムリならオコエを主役にしたスピンオフでもオッケーだ)


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針と溝が生む快楽の世界

続いてサントラ盤アナログレコード回顧録「洋画編」ということで。

最初に買った海外作品のサントラ盤がなんだったか、じつは記憶が曖昧なのだけどおそらくはクイーンが音楽を担当した「フラッシュゴードン」だったような気がするのだ(我が輩がたぶん中三か高一の時←81~82年頃)

映画の方はまあ見事なくらいしょーもない話ではあったけど( ̄。 ̄;)曲はめちゃめちゃカッコイイと思っていたのである(のちに新日本プロレスに登場したブラックタイガー(初代)という覆面レスラーの入場曲に使われたりもしていた←footballfightと言う曲。左のジャケ写をクリックすると試聴できるので、五曲目を聴いてもらいたい)

これはレコードを手放した後でCDを買い直したが、曲と曲の間に本編のドラマ音声が入っていて、それがCDだと1トラック終わるたんびに一回ブツリと切れちゃうのね( ̄。 ̄;)あそこはアナログレコードならではの仕様だったというのがよくわかる。

それで今回はとりあえずあの頃(82~84年)アナログレコードがマスター音源(今もHDDにデータとして残っている曲)の物でよく聴いていたサントラを動画で片っ端から貼り付けてみることにした。

まずは「イルカの日」(ジョルジュ・ドルリュー)と「宇宙の7人」(ジェームズ・ホーナー)特に「宇宙の7人」は「七人の侍」以降世界中に溢れた"7人もの"のなかでもかなり変わった代物。我が輩これバカっぽくてすごく好きなんですわ(ヘンにテーマ曲がカッコいいのも良いのだ)
 

ジェリー・ゴールドスミスの曲から二本、「カサンドラクロス」と「カプリコン1」。こいつらは曲の出だしだけでうむむっ(__;)ええなあと思ってしまうのである。やはりOPテーマ曲の善し悪しって今から見ようとする映画に対しての気持ちの入り方が変わっていくから重要。
 

「アルゴ探検隊の大冒険」(バーナード・ハーマン)と「銀河伝説クルール」(ジェームズ・ホーナー。あ、ホーナーも二曲目ではないか( ̄。 ̄;))たぶん当時この両作曲者の音楽を聴いたのはこれらが初めてだったと思うのだけど、これきっかけで彼らの映画音楽に興味を持ったような記憶があるなあ(ハーマンならこのあと「サイコ」「タクシードライバー」のサントラを、ホーナーだと「エイリアン2」「48時間」なんかをよく聴いていた)
 

以下の4作はまず間違いなくレコード盤が自宅にあったものとして記憶に残っている(レコードを手放したときに曲リストだけじゃなくその辺も書き残しておけばよかった)「マッドマックス」(ブライアン・メイ)「ライトスタッフ」(ビル・コンティ)「サイコ2」「トワイライトゾーンThe Movie/超次元の体験」(この二本はジェリー・ゴールドスミス)
 

 

画像1たぶん4枚とも知人の伝手で入手した輸入盤ばかりだったと思うが、右写真がそのジャケット群。

残念ながら「マッドマックス」のジャケ写が何処にも転がってなかったので、代わりに日本国内で出されたイメージソングのシングル盤写真を入れてみた。

ちなみに歌は串田アキラさんが熱唱している。

このあと86年くらいから後は私もCDでサントラを買うようになり、アナログ時代とは比べものにならないくらい色んなモノに手を出してきたのだけど、これらも特撮モノのレコード群と同様、15年前にまとめて売却。

ただし映画系のサントラはCDが多かったのですべてを録音して残すことが出来、曲に関しては今でもほぼ聴くことが可能となっているのである(アナログ盤の方は録音出来たのが半分くらいだったかな、それ以外は残しもせず売ってしまったが・・・)

前回の記事でいただいたコメントの返信内容と被るけど、今思うと私はアナログ時代あの30センチあったジャケットの大きさに感動してレコード買っていたよう気がするのだ。

レコードに針を落としジャケ写を裏表中と隅から隅まで見つつその映画に思いを馳せながら音楽を聴くという行為そのものを、とてつもなく心地よかったと思っていたはずなのである。

CDになってからは不思議とその感動があまりなく、音も良くなって収録曲数も増えAB面をひっくり返す手間も不要になったというのに、なぜか曲に対する没入度は以前のそれとは違っていたのだ。おそらくはその小さくなった盤面を見たときの目から入ってくる情報がパンチ不足で脳のどこかにも刺激が足りてなかったのでしょうなあ。

あの感動の変化はLDがDVDに変わったときとよく似ているのだけど、それにプラスして自分の年齢上昇による感性の劣化が大きく影響していたのかもしれない。

そんなわけで、これからのソフトはわたしのようなジジイ世代対応で映像にしろサウンドにしろ時代に逆らってパッケージを敢えて大型化(CDもDVDもジャケットだけは30センチサイズに戻すと)してみてはどうだろう(高齢者マニア向け対策の商売として面白い試みだと思うのだが)

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