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You talkin' to me ? 2nd_新たなる驚異を求めて

見た映画・テレビの話をだらだら且つのんべんだらりとゆるく綴るブログ

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Category: ◆意外と近所の怪獣魔境=特撮/サブカル関係の話  

東寺の前で響き続ける咆哮

少し前のエントリーで書いたとおり、11/24に開催された京都みなみ会館「京都怪獣映画祭ナイト2」に参加してきた。当日の私の細かい行動についてはこちらを参照のこと(興味ない人は時間のムダなので閲覧自重されたし(ーー;))
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以下に昨年同様時系列で見たこと聞いたことを書き綴っておくとする。

○22時25分 開場・・・ぱっと見前年と比較して客入りは増えていたのではないかという印象。何処に座るかじっくり余裕持って席を選べた昨年と違い、入場後はあっという間に良い席が埋まっていったような感じ。僕は例によって後方端の席(上写真参照)に陣取り、いびきをかいたとしても迷惑のないポジションに居たつもりである。ホントなら一番後ろが良かったのだが(コレは後ろから二番目の列だった)今年は関係者席に設定されていて、そこだけがちょっと残念だった。

○23時00分 「妖怪大戦争」(1968年)上映
 
長いこと見てなかったけどたぶん過去に10回は見ている映画のはずで、最後がもう20年くらい前になるだろうか。それもあって記憶に残っていたのは海外からやってくる舶来妖怪「ダイモン」が主役というのと、そのダイモンを演じていたのが「大魔神」のスーツアクターでもあった橋本力さんだったこと(よく見たら眼が同じなので直ぐわかる)日本妖怪連合の代表・油すましが何故か関西弁(ホントは九州の妖怪なのだが、声の担当が白木みのるなのでそうなったのではないかという話)だったことくらい。今回の久々鑑賞でだいぶストーリーを思い出したが、そのこと以上に驚いたのは、なんてちゃんとした作りの映画だったんだろうかという部分であった。

これは昨年の同所で「大魔神」を再見したときにも思ったことなのだが、怪獣だ妖怪だという奇抜なジャンルの作品と言うことを抜きにして、まず時代劇としての作りがしっかりしているのである。それは台詞廻りにしろ役者の芝居にしろセットにしろ、市川雷蔵の「眠狂四郎」や勝新太郎の「座頭市」シリーズ等と遜色のない時代劇的土台の安定感とでも言えばよいのか、その上で目線をやや下げた子供向きの作品として仕上げられていることに感心させられてしまったのだ。

映像面での工夫や処理も技術的にはローテクでありながら照明の使い方(主にダイモンが神田隆に乗り移る場面等で)やオーバーラップの使い方(百鬼夜行が見事なまでに幻想的な仕上がりになっているのと、着ぐるみの数が全然少なく感じず、画面上では100体近くの妖怪が動いているように見えたあたりもすごいなと)などがきっちり「映画の絵」としてキマッていて、これはもう当時の大映スタッフの技術とセンスが素晴らしかったとしか言いようがないと思うのである。

お話的には思っていたよりダイモンが強くなく(ガキの頃のイメージだと無敵の印象があったけど案外すぐ弱点を露呈したり)これだけ代官所の中で酷いことが起こっている割に悲壮感が全くなかったりとか(^_^;)ユルユルではあるのだけど、一本目から楽しくて良いモノを見たなあという気にはさせてもらえた。

○0時20分 トークショー・・・女優/川崎あかね+映像作家/原口智生(司会:怪談作家/木原浩勝
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この直前に見たばかりの「妖怪大戦争」ではヒロインだった川崎あかねさんが登場。本作出演時は二十歳でこれがデビュー作だったそうだが、今やすっかり品の良いおばあちゃんになられていた。発言量はそれほどなかったが関西の方らしくトークの間合いも抜群で、NGを連発した際黒田義之監督に「フィルムは新聞紙じゃないぞ!」と怒られて泣いたという話が一番印象に残った(この日の司会だった木原さんのネタに後で使われてたけどね(^_^;))

原口さんは正直過去の監督作品で良かったものがあんまりなくて(「デスカッパ」とかですな(ーー;))失礼ながらそれほど興味はなかったのだけど、やはり根っこは我々と同じいち特撮ファンからスタートしている方なので(おじいさんが確か東宝の技師だったと思うが)勝手な同胞意識が働いてかトークを聞いているとあー、やっぱりいい人なんだなと思えてくるのも不思議なところ(~_~;) そしてトークショー終了後はサイン会等もあったが、体力使いたくなかったのと物販に行く気が(ついでに言えば予算もなくて)なかったのでそのまま自席で待機することにしていた。

○2時10分「モスラ対ゴジラ」上映
 
今回のラインナップではこれだけが京都とも関西とも関係のない話になっているのだけど、やはりお祭り企画にゴジラは外せないのだろう(よー考えたら大阪が舞台の「ゴジラの逆襲」や平成版なら京都に現れる「ゴジラVSメカゴジラ」という手もあったなあ)僕自身は「モスゴジ」を映画館で見るのは三回目。最初が80年「のび太の恐竜」との併映だった超・短縮版(この日の繋ぎトークで木原さんが仰っていた「短縮版には最後TALIZMANの唄が延々とかかっている」という話を聞いて僕もそれ思い出してしまった(^0^;))二度目が83年の「ゴジラ復活フェスティバル」で上映されたノーカット版でそれ以来となる。

元々本作は数あるゴジラ映画の中でも群を抜いてビデオで見た回数も多く(付け加えるならビデオ化以前にドラマ版のレコード(若い人は信じられないだろうが、ビデオが無い時代の昔はそんなモンがあったのだよ)もさんざん聞き込んでいたりもしていた関係で)殆ど台詞暗唱してるくらい好きな作品だったので今回の選定に不満はないが、だからこそ退屈するんじゃないかと来る前は一抹の不安を抱いていたのであった。

しかし音の持つ力というのはやっぱりすごいわ。モノラルの筈の非・ワイド音声なのにあれだけの大音量で聞くと伝わり方が全然違う。ザ・ピーナッツのハーモニーがほんとに美しいというのを何十年かぶりで感じたし、今作では特にパターンの少ない伊福部節も新鮮に聞こえちゃってまったく眠くならなかったしねー。

それで思うのは特撮の絵の組み方の旨さというか贅沢さというのか、例えば実景をパンしてカメラを振ると遙か向こうにゴジラがちらっと見えたりする合成画面の奥行きの深さだったり、これは合成ではなく広いセットのかなり向こうにいるゴジラをホテルの窓越しに捉えたショットだったり、はたまた村人が振り返った瞬間山向こうからゴジラの顔がぬうーと出現したりする合成場面の異常にリアルな空気感、ここいらはテレビの矮小な画面ではなかなか伝わらないもんだなと今さらながらに再認識した次第である。

ただまあこればっかりは仕方ないんだけど、今見たらインファント島の皆さんが田舎のハワイアンセンター(ーー;)でやってる余興部隊に見えてしまうのは笑ってやり過ごしてあげましょう。

○3時45分 「ウルトラセブン第14/15話・ウルトラ警備隊西へ」上映(16mm版)
 
「ウルトラセブン」が劇場の大画面ででかかるというのは1968年の東映まんがまつり「ホルスの大冒険」との併映以来だそうで、それはそれですごい出来事に立ち会った(?)という感動はある。このエピソードがセブンの中で特別好きかと問われると個人的にはそれほどではないのだが(ペダン星人の安っぽい豹変の仕方がそれまでのシリアスな侵略嫌疑という、今で言う尖閣問題にも似た今日的テーマを吹き飛ばしてしまった印象があって乗り切れない話だったと言う印象が強い)シリーズ中唯一の関西編ということもあり、神戸港やポートタワー等自分も何度か行ったことのある場所がこれだけ大きな画面で映るというのはそうとう臨場感があった。

それでコレも先の作品と同様音に対して自分の脳反応が違っていたのに気がつくのである。特に本編で何度かかかる挿入歌「ULTRASEVEN」が、今まで冗談抜きに1000回は聴いている曲でありながら「こんなに格好良かったっけ?」と思わずには居られず、つくづく人間の感覚というのはよくわからんものだと。画面サイズをでっかくして大音量でそれを見ればここまで感じ方が変わるんだなと思ってしまった。

○5時00分「ガメラ3 邪神覚醒」上映
 
この時間までがっつり起きていた自分を褒めてやりたいと思いながら、正直限界が近づいていたのもこのあたり(__;) しかしコレを見るために京都駅も直前現地踏査してきたわけで、クライマックスである京都決戦シーンのそこだけは意地でも目を見開いておかねばとこの夜最後の力を振り絞ってみた。

実は平成ガメラは「3」だけを劇場で見ておらず(公開後ビデオで鑑賞済み)僕からすれば今回が良い機会となったわけである。タイミング良く少し前にCSの日本映画専門チャンネルでも「3」の放送があり、そちらも録画して京都のシーンだけ事前チェックしてきたので予習もバッチリ。おかげで実際の京都駅構内では怪獣が二匹対峙するとほぼ身動きできない広さしかないというのが判明(ーー;)

そのへんは本編上映前に流れた特別映像のインタビューで「3」の美術監督だった三池敏夫氏も仰っていたが、実物よりはかなり広めの縮尺でセットを組んだそうである。しかし現物を見た数時間後にそこが木っ端微塵になる映像を見せられて(あらためて見るとほんとに精巧な作り)さらにその後同じ場所へとまた戻っていくというのが何とも言えない不思議な感覚があって面白かった。

唯一残念なのは映画としての「3」は作り手のやりたいことがあっち行ったりコッチ行ったりで纏まりの悪い不親切な作品になっているという点で、自分の中では鑑賞後のスッキリ度合いがそうとう薄味になっているが(話投げっぱなしなのも気に入らんし)そこを除けば映像作品としてはかなり濃い出来だったとも言えるのではないだろうか(他でもイリスの形状が男根風で、前田愛にスリスリした瞬間怒髪天を突くなんてのはメタファーとかじゃなくて「まんま」ではないかと思ったけど、改めてあんなんイイのかねと言いたくなったなあ)

7時00分 終了

前売り購入特典のオモチャを受け取り(下写真参照。「モスゴジ」でインファント島に登場する”怪骨”とのこと。そんな名前があることを今日まで知らず・・・もうひとつは二十四連装ロケット砲)外へ出るとすっかり朝になっていて明るさに眼がついて行かない(>_<)このまま僕は徒歩でリアル京都駅に戻り、怪獣達に破壊されていないのを確認すると(ーー;)8時のバスで家路に向かったのである。家帰ってからのヘロヘロ具合を考えると、今年は最後までよく頑張ったと思いますわ。(さらに言うと怪獣映画は大スクリーンで見てこそナンボやと思い知った夜でもあった)

最後に各関係者の皆様、今年もこのような楽しいプログラムを組んでいただきありがとうございました<(_ _)>
そして参加した他の皆さん、本当に長時間お疲れ様でした<(_ _)>

で、来年ですか?そんなもんもしあれば老体にむち打って行くに決まってますがな(^_^;)
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Category: ◆超銀幕無法地帯・激動編=劇場で見た映画の話  

ヱヴァQ温度差急窮泣の究

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」を見てきた。

と言いつつ実のところ真の目当ては特別同時上映となった短編映画「巨神兵東京に現わる」の方だったのはトクサツファンとしては当然か。むろん「Q」も楽しみにしての来場だったので順を追って感想を書いてみる。

「巨神兵東京に現わる」
 
この夏東京都現代美術館の「特撮博」まで行けなかった者としてはせめてこの短編だけでも見られるチャンスがあるなら行っておかねば!と思い駆けつけたのだが、数日後松山で特撮博巡回展示開催の報を聞いてしまいなんだムリしていくこと無かったがなと(ーー;)後になってから軽度な徒労感に襲われたのだった。

正直ミニチュア特撮のクオリティとしては平成ガメラ三部作を見ている者ならそれほど驚くことはなくて(と言うかこれなら「八岐大蛇の逆襲」の時の方が凄かったんじゃないのか)これはおそらくこの手の映像に触れたことの無い層に対しての入口的アプローチだったのかと自分なりに解釈している。全編に渡りよくできてるなあと言う驚きはあれども、切り貼り写真を使った群衆映像の処理が全然巧くいっておらず、残念ながら見え方としてはず平面なペラペラ(__;)「三大怪獣」のギドラ襲撃シーンの構図そのままだった場面などでも巨神兵手前にいた犬がかわいいお人形さん感満開で(^_^;)やや画面から浮いた感があったり。

爆破シーンの迫力はさすがなものがあってこれはスクリーンで見る値打ちのあるすばらしい映像だったけど、本来ミニチュア特撮の醍醐味とは怪獣による直接的な都市破壊では無いかと個人的には思っていたので、できれば巨神兵がただ歩くことにより建造物を次から次に倒壊粉砕させるシーンなんかがもっとあってもよかったとは思うのだ(コレは着ぐるみじゃなければ難しいことだろうけど)

全体の出来としてはイベントのおまけ短編映画としてなら贅沢な作りで十分楽しめる内容だが、真剣に「特撮映画」として評価しようとすると目新しいものは何もなかったなと言うのが今回の感想。やはり先にも書いたとおりふだんあまり国産特撮怪獣映画を見たことのない人たちへの啓蒙準備として見ていただくのが良いのではないだろうか。

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」
 
さてそれで問題のヱヴァンゲリヲン。うむー(ーー;)これ感想書くの難しいわ~・・・とりあえず能書きというかまず自分のスタンスをさらっと書いておいたほうが良いかもしれないので長々と記すと、自分は85年以降アニメーションというものに対してテレビ/映画どちらもほぼ新作を見る機会を逸した状態が現在まで続いている(この年に高卒で就職したというのが大きかったようで)それ以前の作品については作品ジャンルを問わずだいたいは目を通していたが以降でちゃんと見たものというと「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」さらに一連の宮崎作品であったり、ほかでは「電脳コイル」等数えるほどしかなく「ナディア」も「パトレイバー」も見たことのなかった自分にとって90年代たった一本だけ見ていたアニメが「新世紀エヴァンゲリオン」だったわけである。

知人友人周りにアニメファンが何人かいた関係で放送当時からいろいろ「なにやらすごいぞ」という話は耳に届いていた。僕が見たのは本放送終了して間もない再放送枠だったと思うのだが、一話の「使徒襲来」を見たときから「あ、コレは特撮ファン向きの絵の作り方してる」と直ぐ思ったし(使徒サキエルの登場場面は完全に怪獣映画の構図になっていた)そこから一気に最終話まで見た限りでは本編中全然説明のない意味不明キーワードの嵐に翻弄されながらも所謂旧来のロボットアニメ的エンタテイメントとしての見せ場はしっかりあったし、僕のような特撮ファン兼昭和アニメファンでも乗っていける要素は十分にあったと思っていた。

結果的にテレビシリーズは伏線の回収もなければオチもなく、補填してくれると思っていた最初の劇場版でも首かしげたまま映画館から出てくることしかできず、なんだ「エヴァ」ってこれほど魅力的な作品ピースを一杯持ちながら結局は完成させたかったら後はお客さん脳内で勝手にやってねって事かよっ!と言われたかのような気分で終わってしまった(そう個人的には感じていたし、作品の送り手としてプロ意識の欠片もないような事を平気やるのかとモヤモヤが残ったままで、そんな状況になってもまだ「だからエヴァなんだよ、それが良いんだ」と言ってるファンの子には「目を覚ましてください!ブ~ン!」と当時は小川直也ばりに言ってやりたくもなった)

それが2007年に突然「もいっかいちゃんとやります(?)」と再構築された四部作の第一弾がスタートし、ちゃんとエンタメとして成立する物を作ると聞いていたので「それならっ」と思い一本目の「序」、続く二年後の第二作「破」も見てみることにしたのだ。テレビ版の魅力の一端だった怪しい設定群も残しつつ、こちらは概ね明快な活劇として描かれていた。テレビ版後半や旧劇場版で見れば見るほど陰々滅々苛々のし通しだったガキどもの言動、並びに劇中それぞれの人間関係が自分の中では許容範囲で纏まっていたのもひじょうに心地よく、「破」のラストに至っては初めてシンジが主人公らしい行動を自ら起こし、ミサトがそのことを全身全霊で認め心から支援した所で「続く」になったのは見事な終わり方だったと今でも思っている(あそこは素直に感動した)このままあと二本気持ちよく完結してくれたらいいなあと夢想していたのだが・・・

あー、それなのにそれなのに「Q」はなんでこうなったのか?(そらあの引きで続編の「Q」を期待するなと言うのは無理な話ですわな(ーー;)) とにかく僕自身は今回かなり必死にこの映画を見たつもりだが、まったく「あ、わかったよ」という部分がなかった。前回の終わりが一種のクリフハンガーだったんだから次がどういう始まり方しても別に構わないとは思うけど、どうして最低限必要な説明をまったくしないのか?観客置いてきぼりの映画を見せることがプロとしてカッコ良いとでも思っているのか?例えとしては適当じゃないかもしれないけど大衆店でオープンした店が店舗展開してる途中で突然頑固おやじがやってるこだわり店に変わったみたいな、極端な方針転換は客にとっては迷惑なだけにしかならないと言いたいのだよ。

なんだかここに来て突然テレビ版+最初の映画版の雰囲気に戻ってしまったような気がして、言いたかないけど僕は詐欺にかかったような感覚すら抱いてしまったのである。こんなんだったら最初から「なんだかわかんない作品」で一本目からやっとけよって言いたくなってしまったし(次の完結編で納得いく答えがなかったらホンマに詐欺だよ)本編の四割くらいはボーイズラブみたいなんを見せられるこちらの身にもなれよと(ーー;)オッサン客サイドからは文句の一つも言わせていただきたい。とにかく今作は最初から最後まで「?」の終わらない奇怪で奇天烈な映画でした。
Category: ◆不定期で乗っかかるいろんなベストテン話  

2012ホラー映画ベスト10に参加してみました

今日も続くブログお仲間からの話題。先日ヒナタカさん経由で知った「オールタイムホラー映画ベスト10・2012年版」集計中という楽しそうなお話はwashburn1975さんという方が書いておられるメジャーなブログ「男の魂に火をつけろ!」で開催中とのこと。これにはほかにもalai Lamaさんが参加なさっていたので、是非自分もその集いに混ぜていただくべく意気揚々と書いてみた次第である。

※締め切りは12/16までだそうです。

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1.シャイニング(1980年 監/スタンリー・キューブリック 主/ジャック・ニコルソン)
2.吸血鬼ゴケミドロ(1968年 監/佐藤肇 主/吉田輝雄)
3.亡霊怪猫屋敷(1958年 監/中川信夫 主/細川俊夫)
4.遊星からの物体X(1982年 監/ジョン・カーペンター 主/カート・ラッセル)
5.震える舌(1980年 監/野村芳太郎 主/渡瀬恒彦)
6.サイコ(1960年 監/アルフレッド・ヒッチコック 主/アンソニー・パーキンス)
7.スクワーム(1976年 監/ジェフ・リーバーマン 主/ドン・スカーディノ)
8.ザ・フライ(1986年 監/デヴィッド・クローネンバーグ 主/ジェフ・ゴールドブラム)
9.食人族(1981年 監/ルッジェロ・デオダート 主/フランチェスカ・チアルディ)
10.モンスターパニック(1980年 監/バーバラ・ピータース 主/ヴィク・モロー)
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だいたいベストムービーというものはその日の気分に作用されてラインナップが決まってしまう傾向があるものだが、今回は初見での恐怖インパクト優先で順位を考えてみた。以下にそれぞれ簡単な選定理由を記してみる。

「シャイニング」・・・過去本ブログでは何度も取り上げたマイ・フェイバリット・ホラー。どういう括りになっても必ずランキング上位に来るのはもう定番。今は亡き怪奇映画好きだった祖母(ーー;)と一緒に行った暗い劇場で震えていた14歳の冬を僕は忘れない(決して寒かったからではないぞ)

「吸血鬼ゴケミドロ」・・・小学生の頃僕の地方(徳島)では夏休み等になると「○○子供映画劇場」というのをテレビでよくやっており、だいたいは少し前の怪獣映画等がプログラムに選定されていた。このときは「ガッパ」「ギララ」と言った脳天気なB級怪獣物に続いてこの「ゴケミドロ」が放送されたのだが、この内容は油断していた一桁年齢のガキにとってあまりに衝撃的だったのである。生まれて初めて映画にはバッドエンドという物があるというのを学習した作品でもあったし、ラストシーンの言いようのない不安感はハッキリ言って未だトラウマ(__;)

「亡霊怪猫屋敷」・・・かつてジャンルの一つとして存在していた"猫化け"映画の一本だが、本作が特徴的なのは本編が現代と時代劇の二部構成となっていて、過去の因縁が現代に繋がっているという見せ方にある。コレは4,5年生の頃にテレビの深夜枠で見たのだが、モノクロで撮られた現代パートが(時代劇パートはカラー)もう怖くて怖くてどうしようもなかった(情けない話だが寝ていた弟を起こしてトイレについてこさしたほど(^_^;))夜の病院のコワさをリアルに感じたのは未だこの映画だけ。

「遊星からの物体X」・・・僕にとってはそれまで抱いていたホラー的肉体損壊シーンに対する嫌悪感を一掃してくれた恩人的(?)作品。高校の頃映画館のかなり前の座席で見たけど、尻が浮かび上がった回数でいうと一番の映画となる(血液検査のシーンでは推定20センチ浮遊)

「震える舌」・・・これもテレビで見たはずだがどの枠だったかは憶えていない(たぶん「ゴールデン洋画劇場」ではなかったかなあ)難病物だと思って見ていたら画面が「エクソシスト」みたいな感じになってきてかなりびびってしまった(ーー;)(あの女の子が怖すぎて全然「可愛そう」とか思えなんだし)鑑賞後は「ぜったい破傷風にだけはならんぞ!」と心に誓ったものでありました。

「サイコ」・・・30年ほど前にTBS系列でやったノーカットで10本の映画を深夜連日放送する企画の一本だった時に見たのが最初(ノーカットが売りになっているのは、かつてテレビ放送された映画はCMを抜けば90分程度しか尺が無かったので、カットされるのがアタリマエな時代だったため)80年代リアル中坊にとってはあのラストがかなりショッキング。どんなバケモノより人間が怖いんだよということを初めて知った作品でもある。

「スクワーム」・・・ただただ小動物が大量に蠢くことがここまで怖いのかと(__;)思った映画だった。ハチの「スウォーム」やアリの「黒い絨毯」などをダントツで抜き去る気色悪さを持った怪作でありましょう。コレ見てからちょっとゴカイが怖くなって釣りに行くのイヤだったことを思い出してしまった(^_^;)

「ザ・フライ」・・・映画そのものの救いのなさにも戦慄したが、部分的にはジーナ・デイビスが夢で見た”巨大蛆虫出産"シーンにさぶいぼ{{ (>_<) }}

「食人族」・・・高校の頃クラスの友人達とワイワイ言いながら物見遊山で見に行ったが、帰りはみんな俯いたまま会話ゼロだったという激鬱映画。しかも当時は情報量少ないんでアレが「ホンモノ」だと思ってたのもよけいに効いた。亀食うシーンでちょっと気分悪くなったなあ。

「モンスターパニック」・・・中学から高校にかけて通っていた近所の弐番館(もうかなり前に閉館)ではむちゃな三本立てを500~700円程度で上映してて、これもその恩恵にあずかった映画なのだが確か「地獄のモーテル」「スペース・サタン」とのカップリングだったと思う(これもすごい組み合わせだ(__;))ラストの怪物出産シーンが夢に出てくるほど「うへー」となってしまった。

と、こう並べてみると時代が偏るのは仕方ないのか、ほぼ10代の時に見たモノばかりになってしまった。近作が入らなかったのは年取るとだんだん怖さというものに鈍感になってくるせいなのかもしれませんな。

Category: ◆ネット地獄で漢をみがけ=エッセイもどき  

置いてはみたものの

ブログ仲間のたかのツメ★★☆さんがブログの中にタイトルインデックスを作られたのを見て「そのうち作ろう」と思いながらずっとそのままだった自分も俄然設置してみたくなり、唐突に配置してみることにしたのである(良いと思えば突然やり出すB型人気質(__;))

とりあえず今回は映画タイトルだけを抜粋して編集した形になっているが、それ以外の海外ドラマとか特撮物等については一つの番組を何回か取り上げるケースもあったので敢えてインデックスからは除外している。そのぶんカテゴリ名をやや明確な(ーー;)ものにしたので、仮にそのジャンルの記事を探されたい方は各カテゴリから辿ってもらうかブログトップページ右上の検索窓(「このブログ内」で検索)から番組名を打ち込んでいただきたい。

あと、そのインデックスの方も記事データが2009年以前の物はすべて楽天ブログ時代の記事を移動させた物なので、その映画だけの話で纏まっていない物も多い。これは楽天時代の運営方法が身辺雑記の中で見た映画の話を混ぜ込んだ形だったのでそうなっているのだが、エントリーによっては映画話が1行程度で終わってしまうケースもあるのでそのつもりで(~_~;)(見に行ってガッカリしないように・・・)

あらためてインデックスを作ってみるとさすがに7年分あるので数はそこそこあったけど、内容が本数分だけ伴っていないのは痛し痒しである(自分のむかしの記事とか読み返すと進歩が無いのがよーわかったなあ(__;))


Category: ◆意外と近所の怪獣魔境=特撮/サブカル関係の話  

胸のエンジンは不完全燃焼

平日に見たかったけど都合がつかず、敢えて家族連れで賑わうであろう日曜の昼下がりに挑戦観賞してきた「宇宙刑事ギャバン・THE MOVIE」のはなし。

 

思っていたより客足は鈍く、僕が席に着いたとき中にいたのは"ご同輩"と思しき同世代の男性が一人だけ一番後ろに座っていた。なんだ、これは安心できる環境下ではないかと思いながら同じく反対側最後部の自席に座り上映を待っているとしばらくしてどんどん入場者があり、最初に入ってきたのは父親に手を引かれた5歳くらいの男の子。彼の目には一番後ろの端と端に座った単独で来ているおっさんたちが奇異に映ったのか、大きな声で「なんでギャバンやのに大人しかおらんの??」と父親に問うていたが(__;)これこれちび助君、無粋なことを言うでない。パパが困った顔しているではないか。

最終的には半分程度席が埋まり見渡すと親子連れが6割、男同士の一団が3割、我々のような単独鑑賞組が1割といった風情。さすが30年の歴史を誇る宇宙刑事シリーズ、客層も見事にバラけているようだ。

そしてややあって本編のスタート。レースのシーンから始まったのは「シャリバン」第1話のパターンかと思ったが特に意味はなさそう。ここからしばらく本作の主人公である三人の関係性と今に至る流れが説明されるのだが、これがもう見ているとかったるくてけっこうしんどかった(ーー;) 全体的にはまあまあ楽しかったし、こんなもんだろうという満足感もあったんだけど「ギャバン」の物語として捉えた感想としたらけっこう微妙なライン。

もともとこの映画は春に公開のあった「海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバン THE MOVIE」の意外な(?)好評を(それこそあれは僕自身もかなり満足した作品だったわけで)受けて急遽制作されたやっつけ企画であろうことは明白だが、それにしてももう少しシンプルに仕上げることは出来なんだのかと思ってしまったなあ(__;)

最初にこの映画のストーリーを聞いたときはまあ今になって新作作るならこうするしかないわなとある程度は納得していた所もあったし、新旧のヒーローが代替わりしていくのもアリだとは思っていた(石垣佑磨の2代目ギャバンは自分でアクションもこなせるあたりが魅力あって全然悪くなかったし)しかし自分のような古参ファンからすると「ホントに見たかったのはこれじゃないよ」という心の奥底に隠していた本音を押し殺せるほどの出来ではなかったのが微妙な感想を生んでしまっただろうという感じなのである。

長くなりそうなので敢えてその「ホントに見たかったモノ」を以下に箇条書きで並べてみた。

一、主役は初代ギャバン・一条寺烈(大葉健二)でやれ!・・・これは要するに「ギャバン定年前最後の事件(ーー;)」という括りにした初代ギャバン完結編としての物語を見てみたかったという事である(そうなるとどんな役でもいいからミミー(叶和貴子)は出すべき)そのうえで最後に二代目ギャバンの十文字撃と交代というふうにしてくれればスッキリしたのではないかと思うのだ(要はテレビ版の最終回「ドン・ホラーの首」のシャリバンの役どころを二代目に振れよと)その流れに乗って次作から撃/シェリーのコンビニよるギャバン・ネクストジェネレーションをやってくれたのであれば、たとえそれが劇場版であれVシネであれテレビシリーズであれ諸手を挙げて歓迎できたことだろう。

一,BGMの使い方に物申す!・・・「VSゴーカイ」の時に山下康介とのコンビになったのは必然だったが、今回は単独でギャバンをやるのになんで全曲渡辺宙明ではないのか?アノ曲あの曲と言ったおなじみのBGMがあれば特に新録なんて必要ないんだから挿入歌含めたストック曲をどんどんかけてくれればよい物を。画面から受ける「今見てるこれってほんまにギャバン?」という違和感は必須であった音楽世界の未補完から来ているところも多分にあったはずなのである。それに主題歌はやっぱりドあたまにかけた方が良かったと思うし、最後は烈の引退(?)に合わせて「星空のメッセージ」→撃の登場でエンディング「主題歌-type G-」という風にしてくれたらなあと僕なら夢想してしまう。

一、シャリバンとシャイダーの登場は不要!・・・やるなら来年「宇宙刑事シャリバン・THE MOVIE(仮)」(そんな企画は聞いたこともないけど(ーー;))で渡洋史を出してくれよと言いたいわ。シャイダーの円谷浩は亡くなられているので劇中でも殉職扱いにして少し触れる程度でいいから、今回みたいな取って付けたようなことだけはやめてほしい(そもそもヒーロー経験者とはいえあんなチンピラみたいな宇宙刑事はアカンと思わんか?(__;))

ううっ、短くと思っていたら意に反して長くなってしまった(@@;)苦言が長くなるのはそれだけ思い入れのあるタイトルだったと言うことでご理解をいただきたい。

最後に今回の映画で一番良かったのは魔空空間のシーンで(細かいことを言えばココももっとソフトフォーカス多用しろ!って思ったけど)烈の発した「30年ぶりだ!」という台詞だったことを記して♪あばよ昨日♪と、このエントリーを閉じよう。



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