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You talkin' to me ? 2nd_新たなる驚異を求めて

見た映画・テレビの話をだらだら且つのんべんだらりとゆるく綴るブログ

Sort by 08 2013

Category: ◆超銀幕無法地帯・激動編=劇場で見た映画の話  

ある時は5つ、ある時は1つ、実態を見せずに忍び寄る白い影・・・のハズ

「ガッチャマン」を見てしまったよ。
 
ネット上での評判があまりにも酷くて(ーー;)(Yahoo!のレビューが一点台だったり、各所での評価は軒並み異常なまでに低い)ここまで言われるなら怖い物見たさでチャレンジしてみようかと「風立ちぬ」終わりでそのままレイト鑑賞してきたのである(なんとスクリーン移動のタイムラグは4分しかなかったという(@@;))

ハッキリ書いてしまえば確かにツマンなかったけど、巷で実写「デビルマン」以下と言われていたほどのトンデモ感はなく、よくある一度見たら忘れられてしまうであろう駄作の一本程度かなという印象しか残らなかった(ツッこんで笑える所もあんまり無かったしなあ・・・)

ただしその内容以前に許せないなと思ったのはこういう映画を平気で作ってしまう関係者の志の低さというか、君らはなんのためにどういうつもりでこの素材を選び、そしてこの映画に何処まで真剣に取り組んだのかとそちらの方に対する憤りの方が大きくなってしまったのである。

公式サイトで佐藤東弥監督のインタビューを読むと彼は一応オリジナルのテレビ作品のファンであるという予防線を張っているのだけど「今の時代に合った自分なりのガッチャマンをやりたい」と言うのであれば中途半端なダークナイトごっこや無意味で辛気くさいストーリー、帳尻合わせみたいに"科学忍法火の鳥"をあんな形で挿入してくるようなナンセンスな事をどうしてやってしまうのか、また模倣だらけで今更な設定群のどこが「自分なり」なのか、僕には端から端まですべてが理解できなかった(ーー;)

ガッチャマン自体の設定をあそこまでイジってしまうんなら、全然別のオリジナルとして撮ってくれた方がまだ諦めもついたのに、タイトルに「ガッチャマン」とある以上見に行く方からしたらそれを見たくて足運んでるわけでねー・・・。「電人ザボーガー」みたいにそのまんまのテイストでリメイクしろと言うつもりもないけど、どこかにオリジナルへのリスペクトというか愛情というか、ほんの少しでもいいから「本気で好きだったよ」というムードを感じられたらまあしょーがないかなっていう気にもなれたのに、この映画を見た限りでは悪いけど佐藤監督はホントに「ガッチャマン」のファンだったのかと疑ってかかりたくもなったな。

唯一良かったのは鉄獣メカのキャタローラーがアニメ版ほぼそのままの形で登場したのと、その暴れっぷりがなかなかに迫力あってあそこは見られる画面になっていたと思うのだが、それ以外にコレというものは最後まで何も無かったのが残念というか腹立たしいというか。空中シーンのCGがショボイのはしょうがないけど、せめて肉弾戦のアクションくらいはもう少しなんとかしてほしかった(カットの繋がりも悪くて動きのキレも感じないからすごく間延びしてるような絵になってしまって迫力がない。最後のカッツェ対健のシーンなんか正にそれでダラダラと暴れてるだけにしか見えない)

こういうかつてのアニメが実写化されるときに毎回感じるのは、僕らオリジナルを好きだった者と作り手が撮りたいと思うモノが殆ど一致しないという不幸がある。この「ガッチャマン」で言えば巷で言われているキャスト云々の問題は実はそれほどの重要項目ではなく(僕なら剛力を甚平にしてジュンは栗山千明に若作りさせてでも出てもらうけど(__;))余計な"現代風"アレンジがすべての足枷になってしまったことにあると思うのだ。

勧善懲悪に徹した明快なヒーロー物として(一〇〇歩譲ってコスチュームはあのデザインでも許そう)オリジナルの楽しさ・面白さを"現代風"にブローアップしたものであれば、たぶんここまで酷評されるようなことは無かったんじゃないかと思うし「正義」という言葉の定義にこんなアホみたいに縛られてどーすんのとも言いたいのだよ(ヒーロー物の作品世界に存在する「正義」なんてどこまでも強引なオシツケで良いのに)

結果としてただのツマンナイ映画にしかならないんだったら、最初から優先順位を「格好良さ・爽快さ」に持ってきてくれよと思うわ。たぶん「科学忍者隊」として王道のヒーロー映画をやってくれたら、松坂桃李だってヒーロー経験者なりに決めゼリフも決めポーズももっとバッチリ格好良く魅せてくれたことだろう。要はアニメ版の一話をそのままやってくれたらこのメンバーでも十分楽しかっただろうと僕は真剣に思っているのである。

最後に子門真人の歌だけでも使ってくれたら少しは気分も晴れたかなと期待してけど、当然そんなモンはありませんでしたわな(__;) さて、次に被害に遭うのは「テッカマン」か「ポリマー」か・・・

Category: ◆超銀幕無法地帯・激動編=劇場で見た映画の話  

夢見るように眠りたい

26日月曜の仕事終わりに「風立ちぬ」を見てきた。
 

僕は基本外に出かけるときは建物の中であれ外であれ、人で溢れているような場所に好んで行こうとは思わないヤツなので(我慢できるのはせいぜい野球場くらいかな)月曜のこの時間(18時台)ならゆっくり見られるだろうと思い疲れた体にむち打って行ってみることにしたのだ。するとまさに希望通り客入りはぱらぱら、僕の席廻りは左側のだいぶ離れたところに年齢差がかなりありそうな謎のカップルが一組いただけで、それ以外は見通しも良い。そんな鑑賞コンディション最高の中始まった本編は、じつにじつに不思議な捉え所の無い映画だったという印象を僕に残したのであった。

原作を未読だし堀辰雄にも零戦にも興味の無い自分がこの映画果たして楽しめるのだろうか些か不安も感じていたが、見終わった瞬間はたぶん知っていても同じような感想にはなっただろうなと(ーー;)思ってしまった。今作の場合原作はあくまでも映画の器であって映画の中身自体は宮崎駿監督の趣味嗜好衝動が全開という、これまた「パシフィック・リム」とは違う毛色のプライベートフィルム臭が濃厚に漂っていたのである(オレってこういうヤツなんだよという自分語りを上映時間のすべてを使ってされているかのような感覚?)

そこには己の考える「理想の仕事」と「理想の女」の姿を愚直且つてらいもなくさらけ出してみました、みたいなものが現実と夢の境目無く描かれている(これが文字通り夢と現実の場面の区別が画面上で全くされておらず、演出上の簡単な場面転換もないからしばらく画面を見ていないとどっちかワカラナイという荒っぽさで)

「仕事」はとにかく自分の好きなこと、この場合だと主人公が子供の頃から抱いていた飛行機に対する夢を自らが最高の航空機を作り上げることによって完遂させようとする、職人・技術屋のかくあるべき姿を夢想しているようにも思える。また、真の仕事師ならば思想や廻りの環境、時代の要請や状況などはおかまいましでそれに猛進(盲信?)するのが良いのだという風に言ってるようにも感じられたのである。

結果的に彼の夢が一部戦争に担ぎ出され沢山の命が失われることになったのは時代が良くなったんだよと言うアイロニーの部分として多少は表現されているけど、本音の部分ではこの時点で思い描く最高の飛行機を作ってきたのだという自負とプライドと満足感の方が大きいように見えないこともなかった。なのでこの映画を見て右傾化だの戦争賛美などと文句を言っている連中はよほど目が曇っているのか、或いはこの暑さで脳が心太になっているかのどちらかなのだろうとも思ってしまったよ。

「女」についてはもう70過ぎてこんな青臭いことを理想と思える宮崎さんが逆に凄いなと(ーー;) たった一度の劇的な出会いからずーっと自分のことを思い続けてくれていた人とこれまた偶然再会して(しかも次郎本人は特に会うための努力をしていたわけでもないのに)自分の妻になり、結核という病を押してでも自分の側にいたいと言ってくれる(そして命がけでセックスの相手もしてくれるような←ジブリ映画でこの手の描写って初めてかも)健気な女の人が良いんだ、ってなかなか正直には言えないと思うけど、そういう人を愛おしいと思いたいというのだけはすごい伝わってきたような気がしている。

だから当時は不治の病で尚且つ空気感染のリスクもある結核を患っている妻でも常に側に置いて顔を見れば抱きしめ唇を重ね、みたいなのは「この女のためなら一緒に死んでもイイ」と心底思っているからだろうし、この辺の純愛感というのは男ならわからないではないのだ(脇目もふらず一途に自分のことだけを愛してくれて、さらに美しいまま思い出の中へと消えていく女が素晴らしいなんてのはオトコの傲慢なファンタジーだけどね)

で、見ていて困ったのはそういう監督個人が自分の好きなことを語っている映画なのだろうというのはなんとなしにわかるのだけど、話としては最後までさほど感情移入が出来ないまま終わってしまったような気がするのだ。なんか時間の経過と物語進行が終始淡々としていたせいか殆どの台詞が抑揚無く喋られていたせいかはわからないが(次郎役の庵野秀明の声は最初の一言二言が棒読み過ぎてビックリするけど(ーー;)この役には合ってたんで途中からはそれほど気にならなかった)最後は「あ、もう終わりなの?」と言った余韻もクソもない終幕で劇的な雰囲気が殆ど無いのね(相変わらず絵に力があるんでそこだけで引っ張られる魅力はあるが)

ここ数年の宮崎映画ではアタリマエのようになっている最低限の説明すらしない不親切さ、事前に予習(原作を読む、関連番組を見る、特集記事に目を通すと言った諸々の準備)をしないと映画のイメージはなかなか掴めない事等々が「風立ちぬ」でも健在だったと僕は思ったけど、ひとつだけ納得いかないのは元々こういうわかりにくい作風の人じゃなかった人がそれを敢えてしないというのは、言い方は悪いけど手抜きなんじゃないかと言いたくなるときもあるのだよ(わかる人だけ楽しんでくれたらいいよと客を選ぶようなやり方は正直あまり感心しない)

と、最後まで面白い/面白くないという簡単な話のしづらいなんとも不思議な映画ではありました。感想もとっちらかった捉え所無い感じになってしまったなあ・・・(__;)
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ジプシー・デンジャーとストライカー・エウレカでパンチ・パンチ・パンチ

17日の夜に「パシフィック・リム」2D字幕版をやっと見た。

 

思っていた以上の直球勝負な映画だったので驚くと同時に潔い清々しさをも感じてしまった。ちょうど高校野球の時期に見たせいもあったけど一球も変化球がなかったのは(実際の高校野球はもはやそうではないのだが(__;))たいしたもんだと拍手したい気分にもなったよ(ハリモトの面を被って「あっぱれ!」を20枚くらい貼ってあげてもイイくらい)

この映画は今この時期に見た人もたくさんいると思うので敢えて細かいことは書かないが、いち特撮怪獣映画ファンとしてはアタマから最後まで「わかる、わかるよ(__;)」と言い続けたくなるような作品だったと思うのである。この感覚はピーター・ジャクソン監督の「キング・コング」を見たときの気分にも酷似しているのだけど、要するにお金を目一杯使って好きなことだけ(やりたかったことだけ)やりました!という実は他の誰よりも撮っているギレルモ・デル・トロ監督が一番楽しかったのではないかと想像できるような、そんなスーパー・プライベート・フィルム感が満載なのだ。

これは自主映画を撮ったことのある人なら多分わかってくれると思うけど、自分で映画を作ろう!と思って実際に撮ろうとすると、どうしたって自分の好きだった作品の模倣・コピーから入るのは仕方のないことでアノ映画のコノ場面、と言った脳内に刻まれている「好きだったあのシーン」を自らも撮ってみたいという欲求は(このへんは想像の域を出ないけど)たぶん彼らのようにプロの映画監督として名を馳せた今でもずっと持っているものでは無いかと思うのである。

なので本作を見ているとストーリー部分は削りに削ってシンプル極まりない物になっているぶん、怪獣VSロボットのバトルシーンに比重がとことん取られていて、そこまでやる必要があったのかと思うほど細かい描写(イェーガーが大きく動くたびに某かのパーツが少しずつ吹っ飛んだり、怪獣の生物感が異常に生々しく描かれている点等々)が延々と続いているのも一介の怪獣・ロボットアニメファンに退行したかのような監督(コノ人ほんとに好きなんだなあ(ーー;))のこだわりを感じずにはいられないのだ(メイキング映像を見たわけではないが、きっと嬉しそうに撮影を進めていたハズ)

僕はロボットアニメについては「エヴァンゲリオン」以外では「エルガイム」で時間の止まっている人なので(__;)どこまでのオマージュがあったのかは定かでは無いのだが(「エルボー・ロケット!」と技の名前を叫んだのは良かったなあ・・・)特撮ファン的視点で見るとイェーガーの操縦方法などは「ジャンボーグA」ではないかと思ってしまったし(続編で車のようにハンドル操縦をするロボット(←この場合はジャンボーグ9)が出てきたらたぶんそうだと思う)次元の裂け目から侵略者が作り出した怪獣を送り込んでくるなんてのは「ウルトラマンA」のヤプール人と超獣みたいだなと思ったしねー・・・(コレも確証はまったくないけど)

あとサンフランシスコに最初の怪獣が登場する場面や、シドニー/香港に別の怪獣が出現して都市破壊をするシークェンスなどでは東宝のゴジラシリーズ等で見慣れた奥行きのある絵の組み方をされており(むしろ原典のそれ以上に良く出来た場面になっていたし)そこだけでも「おおーっ」と感動してしまうところはあったのだ。だいたい海外作品で巨大怪獣が登場する場合、過去の映画などでは実際にいる生物の延長線上である昆虫や恐竜を大きくしただけ(或いは不定形でよくわからない形)みたいなものが多かった中で、このような超生物(上の書き方で言うとまさに「超獣」)がこんなに次から次に出てくるハリウッド映画なんて僕は初めて見た(ーー;)

これがイェーガー対怪獣の対決ともなると動きは速いし重量感はあるし、そのうえ画面の巨大感はまったく崩れることも無いというスゴイ場面が果てしなく続いていくのに、もう口がポカンと開いたまままったく閉まらない有様で(__;) ひたすら続くバトルをただただ驚愕の眼差しで眺めているという感じなのである。

デザイン的にはイェーガーは巨大ブリキのおもちゃみたいで、個人的にはそれほどカッコ良いとは思えなかったのだけど(空を飛べないからヘリで空輸するというのが、そこだけはマヌケでなんとも可笑しい(^◇^;))乗り込むメンバーは全員が個性的で気に入っている。バトルシーンの割を食って出番は少なくなってしまったがチャイナブラザースやロシアンカップル(あの二人は「ロッキー4」でロシア人夫婦やってたドルフ・ラングレンとブリジット・ニールセンをほんの少し思わせる)など、脇のメンバーとしても皆最高だ。怪獣デザインの方はなんとなくだけど「デビルマン」のデーモン調にも感じられて奇怪さもかなりなものだし。

それと忘れてはいかんのは音楽も敢えて今風では無いスコアに仕上げられていて、聴いていると伊福部昭とハンス・ジマーをブレンドしたかのようなムードの曲調になっているのがタマランのである。この10年新作映画のサントラなんてこれっぽっちも欲しいと思わなかったけど、久しぶりに買ってみようかと真剣に考えているほどなんだか心がざわついている(ちょっと「アイアンマン」にも似てるなーと思ったらホントに「アイアンマン」の音楽担当だったラミン・ジャヴァディだった・・・)

僕からするとツマンなかったところを探すほうが難しい映画だったけど、たぶん怪獣映画やロボットアニメにあんまり馴染みのない人からすれば「話ないやん」とか「どこがおもしろいの?」と思われる場合もあるだろう。ただそのジャンルを好きだった人が好きなことをして作り上げた映画を、これまた好きな人たちが愉しんでいるという、作り手と受け手側の一体感を濃厚に感じるシアワセってのも世の中にはあるんだと(^_^;)わかってくれとは言わないが、容認だけはしてもらいたいと思いますわ。

うーむ、やはりこれは3D吹替版も行っておくべきかもしれんな・・・(ーー;)
Category: ◆超銀幕無法地帯・激動編=劇場で見た映画の話  

止まらないWar~War

遅れてきた盆休み二日目の昨日は朝から「ワールド・ウォーZ」を見に行ってきた。

 

午後から所用があったために朝一番の上映時間(8時半)を狙い劇場に赴いたのに(平日の起床時間より起きたのは早かった(__;))館内は既に長蛇の列が。うへーと辟易としながら列の最後尾に並んでみるもこの時点で8時20分。お盆時期で人が多いのわかっていながら4つあるチケットカウンターが半分しか空いていないのはバイトのシフトを完全に間違えているよ→シネマサンシャインの人。

で、上映開始の8時半が来た時点でまだ前には15人くらいの人が待っていたのでこれはアカンかなあと思っていたら係の人が「ワールド・ウォーの方はこちらへどうぞ」と案内してくれ、先にチケット発行してくれたのだけど(本編開始は49分からとかで)どうやらこの日の混雑は「謎解きはディナーのあとで」と「風立ちぬ」と「仮面ライダー/スーパー戦隊」の客でほぼ占められていたようだ。

実際チケットもらって部屋に入ると「ワールド」の来場者は目視でカウントできるほど少なかった(ーー;) 映画本編のスタートには間に合ったけど、せっかく早く来てスクリーン内もこんなに人いないのに予告を一本も見られなかったのはなんか損した気分。ここのシネサンって正月やGWなんかもだいたいこんな感じで毎回一切の対策が取られていないのが実に腹立たしい(--#) 

さて、それで肝心の映画の方はオープニングのタイトルバックが流れている間に現況がさらりと説明され「この世は既に大変なことになりつつあるのだよ」というのを短い時間で旨く表現しているのがひじょうに分かり易い導入部となっている。その流れに乗って上映開始から15分程度でフィラデルフィアが騒動になっていく様をものすごいスピードで見せていくのが掴みとしては最高。

そしてこの映画では人がゾンビへと変貌していく理由をウィルス感染による物という設定にしており、襲われて噛まれたりすると死ぬよりも先に12秒程度(__;)でゾンビ化してしまうというのが映画構成上の「時間の都合」を感じずにはいられなかったのである(時間勿体なくていちいち死ぬの待ってられへんがな!みたいな。たぶんこの映画はホントならあと1時間くらい尺が必要だったんじゃないかと思ったなあ←実際の上映時間は116分)

したがって話のスタートからブラッド・ピットが感染経路の調査をするために世界各地を巡り、その先々でパニックに陥りながらWHOの研究所に辿り着くまでは枝葉もなければ伏線やネタ振りみたいなのも殆ど無く(薄~いのはちょこちょこあるけど)とんでもないスピードで物語が進んでいくためにダレたり飽きたりと言った中だるみは微塵も感じられなかった(展開が早いので某かにツッコミを入れたりする機会もあまりなく)極端な言い方をすればココまでは文字通り「息つく暇もないほど」ガンガン話が進んでいくのである。

で、残念なのはここまで良い流れで尚且つ話のスケールも失速することなく来ていた物語が、トーンダウンとまでは言わないが突如として「よくある地味系ホラー」の映画になってしまい(ココだけ切り取って見たら「バイオハザード」の1本目と大差ない感じ)さっきまでの華麗なテンポはどこに行ったんだと思えるほど終盤では息切れ感を強く感じてしまったのだ。

それで見終わってから感じるのはやはり脚本の雑さ、粗さと言った部分になってしまうのだけど、重要と思われた登場人物の扱いがあまりにテキトーだったのはおそらく先に書いたような「時間のなさ」から来ているのではないかと想像しているのだが、それにしたってもう少し説得力ある行動(ハッキリは書かないけど最後のブラッド・ピットが取る行動など、もう少し知恵を使えよとおそらく誰しもが言いたくなるはず)を主要キャラ達に取らせてやれないものかと言いたくなってしまったよ(他にも「ここはまず一言あってからやるべきじゃないの」みたいな場面が多々)

映画の勢いが失速した後はそういうアカンところが目に付いてしまい、個人的にはちょっと残念な気分で終わってしまったけど、それでも中盤までの怒濤の展開には一時も目を離せないような緊張感が溢れていたし、元来元気のあるゾンビなんて好きになれなかった者の一人としても(映画自体はどちらも好きなのだが「ドーン・オブ・ザ・デッド」や「28日後・・・」のゾンビみたいに全力疾走するタイプがどうも性に合わず)一つの画面でこれだけの数のゾンビが暴れ倒しているド迫力の映像を見せられれば(ゾンビモノでこんな凄い映像は初めて見たよ)もはやそんな文句など言えなくなってしまうだけの説得力も感じられたわけで(ーー;)

そういう良かったところもいっぱいあるだけに余計終盤のヘナヘナぶりが惜しいと思える、ある意味珍しいゾンビ映画ではなかったかと僕は思っている(レイティング対策のためなのか直接的残酷描写が全くないのも驚いたし・・・)でもこういうのも嫌いじゃないので(^_^;)続きがあるならたぶん見に行くことだろう。

ちなみにピンポイントで爆笑した唯一のツボは"北朝鮮ではウィルス感染が拡がらなかった理由"が大マジメに語られる所。アレは別にストーリーには絡んでこないので単なる緊張緩和のための箸休め場面だったのかもしれない。
Category: ◆ネット地獄で漢をみがけ=エッセイもどき  

盆の日に脳のクールダウンを

よーーやく今日から盆休みに入った。と言っても土日挟んでるから実質プレミア感があるのは今日明日の二日間だけなのだが、家の用事を処理しながらどこまでぐーたらな日中が過ごせるかが満足度判定の勝負(?)となってくることだろう。

で、少し前にmomorexさんが書いておられた記事で「サタデー・ナイト・フィーバー」の事が紹介されており、その音楽が大好きだった僕は思わず反応してしまったのだけど、これまた昨日はロッカリアさんの所でもサントラ話がアップされていて、すっかり映画音楽を聴きたいモードに突入していたのだ。

今日は朝のウチ何の用事もないんで触発されついでに持ってるサントラ盤のデータ整理でもしながら好きな映画音楽を自分のブログにペタペタと貼り付けてみようかと思っている(確かこのまんまのスタイルを黒紅茶さんも書かれてたし、多分映画好きブロガーならみんな一度はやってみる事なのだろうと(^_^;))

ちなみに昨日までの出勤時に車の中でかけていたのはほぼその「サタデー_」(♪Stayin' Alive/Bee Gees)と続編の「ステイン・アライブ」(♪Far From Over/Frank Stallone)
 
フランク・スタローンはシルベスター・スタローンの弟で、他にも「ランボー・怒りの脱出」の主題歌なども歌っている(何処の業界でもよくある縁故採用というヤツだな)ふしぎなものでこの二本は映画としてはそんなに気に入っているわけではないのに、音楽が良くて引っ張られているところがあるのだ(似たようなパターンだと「フットルース」(ビックリするくらい映画の中身はスカスカなのに(ーー;)サントラの中は一曲もハズレがない)とか「タンゴ・レッスン」あたり)

「フットルース」の収録曲は日本のドラマ等でもカバーされていて、よく覚えているのは「スクール☆ウォーズ」の♪Hero/Bonnie Tyler( →Cover:麻倉未稀)と「スーパーポリス」の♪I'm free/Kenny Loggins(→Cover:渡辺美里)あとは映画ではないけど主題歌の♪FootLoose/Kenny Logginsが全日本プロレス時代の故・サムソン冬木/川田利明の入場曲で使われていたことなど(タッグチーム名も「フットルース」だったのだ。コレは正直ダサかったけどねー・・・(__;))
 
それから昔自主映画やってたころに、当時は著作権問題も緩くてインディーズ作品なんかでは普通にアリ物の曲を使うことはザラだったのだが、あの頃自分が好きでどうしても使いたかった曲が「ニューヨーク1997」のテーマ曲(♪Escape from New York theme/John Carpenter) と「ハウリング」のエンディングテーマ(♪End Title/Pino Donaggio←「水曜ロードショー」で放送されたときラストシーンが吹き替えでは「焼き方は?」「ナ・マ」(原語だと普通に「レア」って言ってるだけなんだけど(^_^;))で終わるのがやたらヨカッタのだ←未見の人には何の事やらサッパリわからんと思うけど(__;)そういう場面があるのだよ)この2曲は"Miss:take"という映画を撮ったときにOPとEDで使ったなあ(30年前の話だからもう時効にしてくれよ)
 
映画館で見たときエンディングからのテーマ曲突入がさぶいぼ出るほどカッコええ!と思ったのは「ロボコップ」(♪Showdown/Basil Poledouris)とやっぱり「ブレードランナー」(♪End Title/Vangelis)になるかな。「トップガン」の最後にかかった♪Mighty Wings/Cheap Trick や「ロッキー3」のラストでアポロとロッキーの友情スパーの後に流れる♪eye of the tiger/Survivor も捨てがたいけど鳥肌まではいかなかったしね。
 
作曲家で言うと僕はラロ・シフリンピノ・ドナッジオが大好きで、この人達の名前があれば特に映画自体つまんなくても(^_^;)許せるくらいなのである。。。しかしイカンなあ、こんなん書き出したらなんぼでも出てきてキリ無いわ(__;) 今回はこの辺で止めるけど楽しかったんで時々また書いてみよう。ああー、もうパンツいっちょでどこにも行かず涼しい部屋で好きな本読みながらこんな音楽達に囲まれて休日を過ごしたいと、ワタクシ今半ば本気で切望しております(~Q~;)
 



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