You talkin' to me ? 2nd_新たなる驚異を求めて

見た映画・テレビの話をだらだら且つのんべんだらりとゆるく綴るブログ

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Category: ◆Indies Cinema Paradise=自主映画四方山話  

6Days 7Nights~"Blackboard Jungle"

突然思い出したように自主映画活動時代の回顧録を書いてみる。これはきっと少し前に地元・徳島であったインディーズ映画フェスティバル「徳島あおい映画祭」(都合が合わず僕は行けなかったのだけど)の話を聞いたり、ブログ仲間であるランボー怒りのサービス残業さんがバリバリ現役として活動してらっしゃるのを読んで、楽しそうで良いなあと思っていたからだろう。


-1999年-

前作「T」の完成後、燃え尽き症候群じゃ無いけど(なにしろ四年もかかった超大作だったし)次回作の話はなかなか煮詰まらず、企画が浮上してはすぐ埋没という感じで時間だけがどんどん過ぎていったのだった。しかもこの間(91年~99年)というのはメンバーが次々と身を固め所帯を持ちだし、以前のように一声かければ10人前後の人数が簡単に揃うような事は事実上不可能ともなっていたのだ。

そんななか8年というインターバルを経て突然作ることになったのは「MM」という作品になるのだが、当時僕は「T」の製作末期から感じていた方向性の違い(理由としてはほんとにイージーな言葉だ(ーー;))とでも言うのか、各のやってみたいと思うことがそれぞれ噛み合わないもどかしさや一体感のなさに、なんとなくだけど映画を作るという行為に対して少し情熱が冷めかかっていたのを自覚していたのである。

そういうのが廻りのメンツにも伝わっていたのかもしれないけど、この「MM」の企画について僕は最初からタッチしておらず主力数名だけで段取りが進み決定稿が上がった頃に事後承諾のような形で新作の存在を知らされたのだった(今思うとおそらくやる気ないヤツは呼ばんでエエ、みたいな感じだったのだろうなあ(^_^;))最終的に関わったスタッフは約10人、キャストは監督兼主役を務めた某氏のツテでアマチュア劇団の方を数名ブッキングする事に成功し今までネックの一つだった演技力不足をカバーすることに成功(その方達込みで出演者は6名)そして短期間での完成を目指したということで話は一カ所から動かない密室劇となっていた。人数的にこれだけ小規模でロケゼロの撮影は高校時代含めても初めての体験だったし、実際にクランクインから完成まで半年程度で仕上がったのは当初のプラン通りだったわけである(僕は例によってAD一号兼下っ端雑用要員をやっていた)

そんな新作のあらすじは_

とある学校の生徒指導室で今まさに一人の問題児が退学宣告を受けようとしたいた。そこに呼び出されていた彼の父親とともに素直に勧告を受け入れるかと思われたが、この親子はそんな簡単な奴らではなかったのである。父親は謎の言動を繰り返し教師達を困惑させ息子は不敵に微笑むだけで一言も発しようとはしない。そして彼の父親はさらに意味不明な罵詈雑言を繰り返すと突如なんの脈絡もなく教師達に銃を向け嬉々として凶行に及ぶのであった・・・

完成した作品は今まで正攻法の映画しか作ってこなかった我々にしては非常に珍しい不条理なバイオレンス映画となっていた。さらにはのちに某雑誌で開催された映画コンクールに出品した際に選外佳作として高評価され、それなりの成果を得ることもできたのだった(「恫喝映画」として新しいジャンルの荒野を切り拓いたと(ーー;)言っても言い過ぎじゃないかも。それくらい映画の出来としたら過去に作ったどれよりも完成度は高かったはずである)

そして同年秋に関係者を集めて完成記念の上映会を開催、作品のビデオをパッケージ化して全員に配布しすべての行程は終了した。結果としては大成功と言ってもいいだろう。これで長期のブランクも埋まり、今後はまた定期的にこういうことができればいいなと上映会その日に僕は思っていた。しかし残念ながら自分が関わった自主映画の活動はその日が最後になってしまい、あれからあっという間に15年もの月日が経ってしまったわけである。

もうその頃のメンバーとは殆ど顔を合わすこともなくなったので自分以外の人たちが当時どんなことを考えて取り組んでいたのかはわからないけど、僕自身は前作「T」の撮影終盤から「MM」の全般にかけてやはり違和感のようなものは常に覚えていた。なんというか適当な言葉は見つからないが長い年月の間に現場の雰囲気が微妙に変わっていったとでも言うかな。やる以上は趣味とはいえ真剣に対処するのは当たり前の事だけど、それがだんだんだん「なんで口で言わないとわからないんだ」とか「使えないヤツを現場に連れてくるな」みたいな言動がスタッフ間で平気で出てくるようなり、どちらかというと仕事でこれをやっているみたいな心の底から楽しめない気分が徐々に覆い始めていたのだ。

「楽しさ」が最優先にならないものは真の娯楽/趣味とはいえないし、わざわざ休みの日に時間を割いて一銭にもならない仕事気分の作業に従事するのは虚しいだけで"やってられへん"という想いも湧いてきて、今のメンバーとこの先一緒にやるのは難しいかもしれないとこの時すでに何処かで思っていたはずである。その後彼らとは決定的に意見(というよりベクトルと価値観がもはや相容れないものになっておったのでしょうな)が対立し僕はメンバーを抜けることになってしまったが、二十年以上続いた交流の寸断がこんな簡単なものだとはいうのはこの時に学習させていただいたと思っている(オトナのオトコ同士のおつきあいもけっこうむつかしいもんだよと( ̄。 ̄;))

今振り返ってみればこの話は別にどちらが正しいとかではなく、野球に喩えれば一緒のチームで草野球をしていた者同士が長いことやって実力も上がってきたんだからもっと上のレベルに行って勝利至上主義でいこう、という意見に対して僕のように勝てなくても良いからもっと内輪で楽しくやろうよ返しているようなもので、たぶん映画じゃなくてもグループ活動しているジャンルであれば良くある話だったと思うのだ(バンドなんかもそうかな??)

おそらくこの先僕が自主映画に関わるようなことはもう二度とないだろうが、今までこのカテゴリーで書いた82年から99年にかけての活動は自分にとって本当に忘れられない経験となっているし、いろいろあったけど時間も経ってトシも喰って今ようやく自主映画との別れ話が振り返られるようになったと(^_^;)今回はそういう話でありました。

そんなわけでここに自分の話を書くのはこれで最後になるが(関わった自主映画がもう無いもんね(ーー;))今後このカテゴリーでは気になるインディーズ映画作家や上映会のお知らせ等そんな話を綴っていくつもりである。

Category: ◆超銀幕無法地帯・激動編=劇場で見た映画の話  

なんとなしに宴のあと

今年の夏は個人的に怪獣映画で明け暮れたようなものだったが、実はその間もそれ以外の映画はこっそり(?)見ていたりするのだ。いちおう備忘録として記録しておくが今回書くのはどちらも劇場で見たものが二本。最初はなんと2ヶ月も前に見た( ̄。 ̄;) 「渇き」のはなしである(7/1だったかな。もう脳の皺から記憶が溶けて鼻から出そうだよ!(>_<))

遡れば中島哲也監督の作品は「バカヤロー!私怒ってます」「下妻物語」「嫌われ松子の一生」「パコと魔法の絵本」「告白」と一通り見てきたつもりである。 そのすべてに共通していたのは鑑賞前印象の掴み所のなさというか(選ばれた原作と最初に見る予告編のイメージがなかなか一致しない感覚)実際に本編を見出すと必ず途中から「あ、これはこういう映画なのか?!」と思わせるところにあると僕は思っているのだ。

前作の「告白」では原作がすべて登場人物の独白で進むスタイルの小説だったためにホントは何が正しかったのかはわからない、まるで真ん中にサイコロを置いて各自が見えている数字を語っているような(つまり言っていることは皆違うけど誰も嘘はついていない)ミステリーとしてはかなり巧い作りになっていたのだけど、これが映画版になると導入部は同じ様式を踏襲したかのように見せかけて、途中からはあっという間にエンタメの方へと針路が向き出し、終わってみたらなんだよこの映画「痛快娯楽復讐物語」ではないか(いつもの如く僕個人の感想なのでアテにはしないように)と言った心地よく詐欺にあったような感じがしてひじょうに面白かったのだ(過去作にはこの"○○と見せかけて実は○○な映画なんです"という確信的ミスリードが常にあり、そこにポップな映像センスだけではない中島映画の魅力の一端があると僕は思っているのである)

ところが困ったことにこの「渇き」は過去作と同じような基本ストーリーをホンの少し逸脱して、やや違う方向へ流れていくというスタイルを持ちながら、その流れがいつまで経っても気持ちよくなっていかないのだ(但し「次はどうなるんだろう?」という興味は果てしなく続いているので映画を見ている間はあんまりよけいなことを考えるヒマはない。この感想はすべて映画終わりで感じたこと)けっきょく見終わってアタマに残ったのは「役所広司がひたすらコ汚い」( ̄。 ̄;)とか「妻夫木ウザい」と言ったすべて断片的なモノになってしまい、いつもの中島映画にあった華麗なテンポ(殆ど視聴覚的快楽に近いリズム)は影を潜めていたような気がするのだ。

IMG_0274.jpgこれをパズルで喩えるとインパクトのあるピースはいっぱいあるのに、どうしても上手くはまらない状況に近かったかもしれない。またはハードルを跳び損ね続けてゴールまで走りきったようなそんな映画だったかなと。

ただ、上でも書いたけど部分部分はとても良くて、たとえばオープニングタイトルの無意味な格好良さはなんなんだ?と思ったし(ウェスタン映画みたいな構成でビックリしたなあ・・・)先の予想が一切立たない面白さはあるので、いつもの中島映画と思わなければある程度は楽しめる要素もあるかも(でもねー、僕はどうしてもこの内容でやるならR18にしてでもきっちりハダカやゴアシーンを見せないと、何処まで行っても上っ面だけのハード映画にしかならないとも思ったなあ。結局そこが中途半端だったから劇中で酷いことをやり続けているのに、実際の画になると"ココまで止まり"になってしまったんだろうし←話の中身を考えると韓国映画の「悪魔を見た」くらいのことはやってもよかったんじゃないか)

そして映画終わりで脳内補填するため原作の「果てしなき渇き」の方も読んでみたが、これは順番を間違えたかもしれないな。先にこっちを読んでそれから映画を見ればもう少し違う気分で臨めたかも(僕個人は原作<映画の方が面白いと思ってしまっただけによけいそう思えたよ)と、色々文句も書いたが、パートパートのパンチは間違いなく効いているので、一回見てみるだけの値打ちはあるよと言っておきたい。


二本目は8/15のザ・お盆な日に見た「思い出のマーニー」

日中仕事場では出社率二割を切った寂しいオフィスで電話も鳴らずメールも届かず、虚しいヒマヒマ仕事で時間を過ごしたのが心底不毛に思え、仕事終わりは阿波踊りにも行かず気分転換のため映画館へ向かったのだった。4月からシネマサンシャインは15日もサービスデーになったので、どうせなら二本見てやれと思いひとつは二回目の鑑賞となる「GODZILLA」2D字幕版(初回は3D吹替で見ていたので)を21時から。もうひとつの18時台に何かないかと調べたら時間帯としては「ドラえもん」か「思い出のマーニー」しかなく、最初は「ドラえもん」を見る気でいたのだけど直前につかりこさんのブログで「マーニー」のレビューが書かれていたのを読ませていただいた。そしたらとても見たくなってしまい(^_^;)ドラえもんを徳俵でうっちゃった形で「マーニー」(これだけ書いたらヒッチコックの映画みたいだが(__;))に行くことに決定。

基本この映画については全然予備知識もなくジョアン・G・ロビンソンの原作も読んだことはなかったので、ほぼ白紙の状態で鑑賞に臨んだが、最初はちょっとオレの趣味には合わないかな~という出だしで若干の不安に襲われてしまったのだった(__;)と、言うのも主人公の杏奈という一二歳の女の子が思春期女子独特の万年ノイローゼを抱えたような(僕には10歳と15歳の姪がいるのだけど、気まぐれで移り気で好き嫌いがコロコロ変わるこの年代の難しさ・面倒くささをリアルに体感しておるのである)描き方をされていて、そんなものをこの先ずっと見せられるのかと思うと、あーやっぱり「ドラえもん」にしておけば良かったかも、と後悔しそうになっていたのだ。

しかも杏奈のキャラがわざと感情を見せないようにして心に壁を作っていながら、そのくせ本当は愛されたくて仕方がないのにそのことを知られたり悟られたりするのが異常に怖い、でも自分が傷つくのもイヤで常にシラっとした態度をとり続けているという、僕のようなオッサンからしたらもう鼻持ちならないむかつくガキになっていたのがますますこの映画に対する不安を助長していたわけである。

ところが静養先で出会ったマーニーという女の子との邂逅が彼女に変化を与え心を解しと言う展開になり、その後はあれほどウザいと思っていた杏奈の言動にどんどん感情移入しちゃって、中盤からはもう完全に物語の中へと没頭していたのだった。

さらにぼくがこの映画でいちばん驚いたのはマーニーの存在に対する劇中での答えで、どうして杏奈はマーニーと出会えて親友となり、あれほど人との深い繋がりを拒んでいた彼女がマーニーに心をあっさり開いたのかというところだが、最後の最後でそれは一気呵成に明示されるのだけど、もうそこで僕はなるほどな!と心の底から得心したし自分のことで言うとこの日8/15というのはとっても特別な日でもあったので(詳細は書けないけどホント超・偶然)その瞬間それがピンポイントで己の琴線にヒットしてしまい、恥ずかしながらいい年して我が輩涙が出そうになってしまったのである(T^T)

最後まで見て正直にこれはとってもイイ映画だったと思えたし「GODZILLA」への繋ぎどころか(^_^;)この日はこれで帰っても十分なくらいだと、おかげて実りなく邪魔くさかっただけの盆仕事のこともすっかり忘れることが出来たのだった(結局「GODZILLA」は見たんだけどね(^◇^;)←気分転換としては最高の二本立てとなったなあ)ふだんアニメは滅多に見ないのだがこれはホントに良かったよ(そんなわけで「マーニー」を見る気にさせてくれたつかりこさんには感謝しております、誠にありがとうございました<(_ _)>)
Category: ◆玄関開けたらトワイライトゾーン=海外ドラマを見た話  

真実はそこにあるのかい

タイトルは「一つ屋根の下」の江口洋介の声で読むように。

IMG_0248.jpgと、そんなどうでもいい話は置いといて、無料BSチャンネルDLife(BS258CH)で来週8/18(月)より「X-ファイル」の放送がスタートする(なんでもHDでのオンエアは初めてとのこと)先行放送の1話を何年かぶりで見たが今回の放送はオリジナルサイズの4:3画面を上下トリミングした16:9画面で行われていた(左写真参照。当たり前だがデヴィッド・ドゥカブニーがやはり若い(ーー;))

人によっては昔のドラマを無理矢理サイズ変更して今のテレビサイズに適合させる手法を良しとしない向きもあるようだが、どーも僕はせっかくHDリマスターにしてるんだから両サイドをムダに黒く余らせてしまうのはツマランじゃないかと思ってしまうところがあるのだ。個人的にはこの形の放送が好みに合うし、もう一回違う気分でじっくり見返そうという気分にもなっているのである。

※参考比較画像。どちらも4:3で放送されていた番組だが左はオリジナルサイズの「プリズナー№6」。右は16:9でトリミングされた「サンダーバード」。テレビ側の設定で4:3をワイドに切り替えることはもちろん可能だが、そうなるとデジタルズームの限界でかなりぼやっとした画面になるので、せっかくのHDリマスターが台無し。
IMG_0243.jpg IMG_024.jpg

この「Xファイル」再放送開始のニュースを聞いておおー、懐かしいと思いながら考えてみたらもう20年も前の番組になるのかと。元々海外ドラマを好きだった自分だが、最初に必死で見ていたのは10~18歳のころ、日曜10時半の枠(「チャーリーズ・エンジェル」「バイオニック・ジェミー」「アメリカン・ヒーロー」等々)や夕方又は深夜の再放送(「宇宙大作戦」「サンダーバード」「スパイ大作戦」等々)ばかりで、大人になってからハマった海外ドラマはこの時期(85~94年頃)まで「マイアミバイス」と「ツイン・ピークス」くらいしかなかったのだ。「X-ファイル」は社会人になってから夢中になった三本目のドラマであり、そんな自分に再び海外ドラマへの興味を再点灯させさてくれたドラマでもあったのである。

きっかけはちょうどぼくがビデオ屋さんの本部で働いていた時だったのだけど、ビデオメーカーがショップに買い付けをさせるための宣材として"サンプルビデオ"というのがあり、「X-ファイル」を見たのもそれが最初だった。これはビデオ発売の数ヶ月前に配られる業界内部だけの資料なような物でもあるが、中で勤めている者からすれば最新作をいち早く見られるという恩恵を被ることが出来る、映画好きの人間にとっては大変ありがたい存在でもあった(店長クラスのチェックが終わると店員・社員でそのビデオは分配処理していたなあ)

中身については正式なソフトとは若干内容が異なり、映画本編にはすべて"SAMPLE"というロゴが画面に出ている。またサンプル版にしか収録されていない出演者の営業コメントやセールス映像(これくらい本数入れたらこれくらい儲かりまっせ的な)なども収められていたはずだ。

「X-ファイル」のサンプルはご丁寧に"Eyes Only"と書かれたいかにも胡散臭げな包装で大量に送られてきて(^_^;) 運良くその場にいた僕はバイヤーの方からそれを一本頂くことが出来たのだった。特に番組の情報は持ってなかったのだけど、案内のパンフレットには「科学では解明できない不思議な事件の謎を二人のFBI捜査官が追跡していくドラマ」みたいな記述があって、元々その手のオカルト話が好きだった僕は帰宅後嬉々として再生してみたのだが、これはサンプルとしてはあまりにも秀逸な内容だったのである。

本編の映像ハイライトを流しながらナレーションで番組の概要説明がされるのだけど、ナレーターは矢島正明氏が担当しておられた。「宇宙大作戦」のカーク船長等でお馴染みのベテラン声優さんであるが、我々の年代だとなんと言っても日本テレビ系列で放送されていた「木曜スペシャル」のUFO特番(80年代以降は「矢追純一UFOスペシャル」のタイトルでお馴染み)のナレーターとして印象深い人でもある(または「クイズタイムショック」の問題読む人というイメージもあるかも)

「Xファイル」は日本で紹介された当初"このドラマは実在の事件を元にして作られている"という体で宣伝が成されており、矢島氏の声を使ったこのプロモーションビデオはその信憑性をアップさせる効果もありつつ、↑上に書いたような「古のUFO特番」を彷彿させる作りにもなっていたわけだ(収録されていたのは番組フォーマットの説明と1話から13話までのダイジェスト、そして第7話「氷」の本編が丸々←ゲストに「24」や「ニキータ」のザンダー・バークレーと「デスパレートな妻たち」のリネットことフェリシティ・ハフマンを起用した「遊星からの物体X」を思わせるなかなか緊張感あるSFサスペンス)

実際その影響は大きくて、僕はこのサンプルビデオを1本見ただけでこの番組の事が気に入ってしまい、早く全話を見たくてしょうがない状態に陥ってしまったのだった。のちにようやく第一話であるパイロット版を見たが、山場は殆どなくてそれほど出来の良くないエピソードだったため、たぶん最初にこれを見ていたら次を見ようとは思わなかっただろうし、ここまでハマルようなこともなかっただろう(次の2話である「ディープスロート」からこの番組本来の面白さが出た感があるので、おそらくサンプルビデオを見ていなかったら継続視聴してなかったはず)

その後は結果全9シーズン全202話+劇場版2作をすべて追いかけたが、長寿シリーズにありがちな終盤はガタガタな状態で終わってしまうという事になってしまったけど( ̄。 ̄;)(それでも一応最終回があっただけマシだな)この番組はUFO・UMA・心霊・都市伝説等幅広いテーマを取り上げた、オカルトやSFホラー好きにとってはたまらなく魅力的なシリーズでもあったわけである。

放送形態は1話から吹替版のみを帯で放送。第2シーズン以降のオンエアについては不明だがおそらく最後までやるのではないかと思っている。ちなみに「Xファイル」の吹替版には3つのバージョンが存在するのだが、それぞれ_

○モルダー(デヴィッド・ドゥカプニー)・・・風間杜夫(テレ朝版)/小杉十郎太(ビデオ版)/東幹久(FOXチャンネル開局記念特番1話のみ)
○スカリー(ジリアン・アンダーソン)・・・戸田恵子(テレ朝版)/相沢恵子(ビデオ版)/西田ひかる(FOXチャンネル開局記念特番1話のみ)

_と、なっており、このたび使用されるのは当然と言えば当然だがビデオ版となっている。なお、テレ朝で放送が開始されたときはモルダーの声を誰がアテるか明かされておらず、放送終了後に「ある俳優さんがやっています」ということでプレゼント付きクイズになっていたのを思い出す(けっこう分かり易い声だったので判った人は多かったようだが)僕の好みだとモルダーは小杉、スカリーは戸田の声がそれぞれ合っていたように思っている(それにしても東+西田は酷かったなー・・・(__;))

ともかく当時録画していたビデオもとっくに処分していたし、出来る限りチェックはしていこうと思っているが、今見たら意外なゲストもけっこう出てるのでそんな人を探してみるのも楽しそう(^^)
 
Category: ◆意外と近所の怪獣魔境=特撮/サブカル関係の話  

墜ちる前に見ておけ

GODZILLA強化月間も無事終わりようやくこのブログも今日から通常モードへ(もはや何が「通常」なのか最近は自分でも良くワカランのだけど(ーー;))しかし怪獣の話ではないがどうしてもあと一件特撮絡みの話を書いておく必要が出来てしまったので、今回も告知的な記事をアップする(要はイベントのお知らせね)

場所はここ数年すっかり関西映画ファンのディープスポットとなりつつある京都みなみ会館
イベントのタイトルは「京都怪奇映画祭ナイト」である。
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【開催日時】
◇2014.8.16(土) 開場 22:55  開始 23:15 (翌6:45終了予定)

【上映作品】
◆23時20分より 『帝都物語』 1988年 138分 監督:実相寺昭雄 原作:荒俣宏 出演:勝新太郎/嶋田久作
◆開始時刻未定 嶋田久作(「帝都物語」加藤役)トークショー&サイン会
  ※嶋田久作さんブログより(どうでもいいけど嶋田さんFC2でブログやっておられたんですな(__;))
◆03時20分より 『地獄』 1960年 100分 監督・脚本:中川信夫 出演:天知茂/三ツ矢歌子
◆05時20分より 『マタンゴ』 1963年 89分 監督:本多猪四郎 特技監督:円谷英二 出演:久保明/水野久美

【料金】
一般/3,500円 
整理番号付前売券/3,500円
チケットぴあPコード(553-368)…発売中! 

昨年暮れ同所での「怪獣映画祭ナイト3」開催時に主催者の方から「夏にスピンオフ的な恐怖映画のオールナイトやります」という話を聞いて以来ずっと行く気満々で、上映プログラムのニュースリリースを聞いたときもひじょーに魅力的なラインナップだなと思っていた私だが、残念ながらこの8/16はどーしても都合がつかず、断腸の思いで京都入りを諦めたところである(T^T)

そのラインナップだが僕の事前予想では「マタンゴ」はぜったい入っているだろうと思ったけどあとは全部ハズレ(^_^;)(勝手なマイ脳内候補では「吸血鬼ゴケミドロ」「美女と液体人間」「東海道四谷怪談」「血を吸う眼」「怪談雪女郎」あたり←「東海道_」は中川信夫被りでちょっとだけ惜しかった)しかし「地獄」は実にこの時期ぴったりの内容だし、何より加藤本人が目の前にやってくるという「帝都物語」と嶋田氏のトークショーはこれだけで入場料元取ってるんじゃないかと思いますな。

motchi.jpgそれから「マタンゴ」仕様の"きのこ餅"が当日は売店で販売されるとか。左写真で水野久美さんが持っているものとほぼ同じレシピで(撮影時はホントに食べられる物を用意していたらしく、かなり美味しかったそうだ)作られるという噂もあるらしい(評判良かったら後でネット販売してくれんかなー・・・)↓下段右側の「怪奇映画祭」予告動画を見ると当時ADとして現場におられた中野昭慶監督に"監修"していただいてまでその味を再現しているとのこと。

※ちなみに今回の記事タイトルは神代辰巳監督版「地獄」(原田美枝子のおっぱいがたいへん素晴らしい怪作)のキャッチコピー。中川版は「悪いことをすると地獄に落ちるぞ!」というなんとも捻りのないものだった( ̄。 ̄;))

明日から本格的にお盆休みの方も多いかと思いますが、何かの用事で京都界隈に行かれたら「ふらっ」っと寄ってみるのも良しではないでしょうか(もしチケット完売してたら無駄足踏ませてしまうけど・・・たぶん当日売りもあるはずです)国産怪奇恐怖映画に興味のある人、また嶋田久作さんのファンの方、今年のお盆は是非みなみ会館を訪れて行けない私の分まで楽しんでいただきたいと思います。

 

 
Category: ◆超銀幕無法地帯・激動編=劇場で見た映画の話  

吼えろ!ゴジラ 、起て!ムートー

この2ヶ月ほど何かと言えば「7/25からGODZILLA!」と言い続けていたにも拘わらず、その本人が劇場へ行ったのは初日ではなく8/2だったという(ーー;)なんともしまらない事になってしまった「GODZILLA」をようやく見て来たはなし。

公開一週間が経過してもなお客足は鈍っておらず、この辺境蛮地・阿波徳島の劇場にもこれだけのお客さんが(シネサン北島の一番広い部屋300席のうち6~7割は埋まっていたはず)来場していたことからしても、全国的にヒットしているという実感はひしひしと伝わってきた。もう僕はそれだけで嬉しくなってしまい、まだ本編が始まってもいないのに早くもこの時点で「あーヨカッタヨカッタ」という気持ちで一杯になっていたのだった(^_^;)

この日の客層を見渡すと夏休みと言うこともあってか親子連れも多く、3歳くらいの女の子を連れた人も居たようだがアレはたぶんお父さんの趣味なのだろうね(かなり高い確率で女の子は退屈していたことだろう)他は年季の入ってそうなゴジラファンと思しき単独男性、若いカップルや中高生のグループなど多岐にわたっていた。彼らが何処までこの映画に満足したかはわからないが、こうしていろんな層の方々がゴジラ映画に触れてくれたのはたいへん意義深い。

それで前売りを早々に買っていた関係でこの日まで2D字幕を見るか3D吹き替えを見るかで悩んでいたのだけど、やはりここはシリーズ初の3Dで見ておくべきではないかと追加料金を払ってそのチケットを入手。予告(「ドラえもん」「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」等)も3D仕様だったのはちょっと楽しかった。

さて、それでようやく本編が始まったのだが、公開中の映画の細かいことを書くのはあまり趣味ではないので鑑賞済みの人にしかわからないような感想で纏めるつもりだけど、先に一言だけ言わせてもらうと思っていたより全然「ちゃんとしたゴジラ映画」だったのに僕は素直に感動したのである。

この場合の「ちゃんとしたゴジラ」とはどういうことかというと、いろいろポイントはあるけれども何よりゴジラがゴジラとしてしっかり存在感を誇示していること。まずはこの点をクリアしていたことに尽きると思っているのだ。文字にするとそんなもんアタリマエじゃないかと思われるかもしれないが、日本国内で作られたゴジラ映画の文脈とどこまで乖離せずにスケールアップできるのかというのが実はハリウッド版ゴジラの最初のハードルではないのかと僕は思っていて(残念ながら16年前のエメリッヒ版にはその「ゴジラの文脈」が大いに欠如していた)それからすると本作はそれを軽~く飛び越えていたように見えたのだ。

簡単に言ってしまえばゴジラがお馴染みの主役キャラとして果たしてキャラ立ちしていたのかどうか、出てきただけで「待ってたよ~」と言いたくなるそんな気分になれるのかと言った類いのもの、そしてこの映画の中にはそれがホントにあったのかという話←その点についてはもう、めちゃめちゃお釣りくるくらい在りましたな(ーー;))

今回のゴジラはまんま東宝的なモノではないにしろ、日米のエッセンスを旨く和洋折衷させた"カイジューモンスター"と言えば良いのか、或いは"ハイブリッド・ゴジラ"とでも呼ぶべきか、お得意のわかりにくい喩え話で言うと(__;)日本の若手レスラーが数年ぶりにマッチョボディと大型新必殺技を手に入れて海外遠征から凱旋帰国したかのような、そういう「ビッグになって帰ってきたね」というイメージがぴったりの印象を僕に与えてくれたのだった(この話は78年に帰国した新日本プロレスの藤波辰巳を連想しながら書いているけど、少々伝わりにくいかもしれんな・・・)

その反対に新怪獣ムートーなどはどこから見ても非・ニッポン怪獣のセンスで作られた"欧米モンスター"(「ミスト」や「クローバーフィールド」の怪物を彷彿させる感じ)の姿となっていてゴジラとの対比がひじょうにおもしろく、この2匹(あ、三匹だった(ーー;))の絡みは同種の怪獣対決ではない全く別の生物同士による異種格闘技戦のような雰囲気すら醸し出している(柔術VSフェンシングみたいにぜったいあり得ない組み合わせに近い感覚)

もっとも一本の映画としたら決してストーリーは旨く運んでないし(渡辺謙はなんとなく「なのじゃよ博士(「○○は××に弱い!」と、何でも断定的に物を言う割にさほど役に立たない存在)」みたいな扱いでちょっと物足りなかったかも)軍の作戦が何をしたいのかサッパリわからないところもあってドラマ部はそうとうに消化不良だけど、それらをさっ引いてもなお「特撮怪獣映画」「ゴジラ映画」としたら100点あげても良いくらいのモノではなかったかと僕は思っているのである(「キックアス」のアーロン・テイラー・ジョンソンがイケメン軍人を演っていてそれが全然違和感なかったのだが、役者さんというのはどんな役でもこなしてしまうんだと感心したなあ。同じくオタク役ばかりの続いたジェシー・アイゼンバーグが「グランド・イリュージョン」で二枚目役やったときも同じようなこと思ったけど)

それで今回のゴジラの立ち位置は見ているとどうも平成ガメラのような守護獣的設定に60年代ゴジラのイメージ(気分でふらりと現れてひとしきり暴れたら海に帰って行くという、作品で言うと「三大怪獣」「大戦争」「南海」あたりのまだ人類と完全に握手してない頃)を足したような気配になっていて、事前に聞いていた一作目のリブートと言うカラーは殆ど感じられなかった(怪獣王かそれとも救世主か?という劇中での捉えられ方がそれを良く現していた)

で、実を言うと僕はそれで良かったと思っているのだけれども、今までゴジラが長いブランクから復活するときのお題目のように唱えられていた「54ゴジラのように核や戦争の恐怖を警鐘すべしだ」「ゴジラは恐怖の対象でなければいけない」と言った足枷とも言うべき目に見えない縛りが、後々自由なゴジラ映画を作ることを阻んでいたような気もしていたのだ(僕もそのうちの一人だったけど、すべてはマニアの傲慢で我が儘な押しつけというか)

最初の「ゴジラ」はあの時代、あのタイミングだったからこそ成立した傑作だったわけでおそらく当時の世相がもう一周でもしないかぎり同じテイストの作品は今後まず作れないだろうと思うのだ。今の時代にまったく同じ事をやってもたぶんテクニックばかりが一人歩きした芸の無い再現模倣映画にしかならないだろうし(ガス・ヴァン・サント監督の「サイコ」のような)似たようなモノが見たければそれこそオリジナルを見返せば良いわけで、上にも書いたようにゴジラがゴジラとしてのキャラをしっかり立たす事が出来ているのであれば、あとはどんな映画の転がし方をしようともかまわないのではないのかと僕は言いたいのである。

但し「自由」であれば何でもイイヨというわけではなくて、例えば北村龍平監督の「ゴジラFINALWARS」などは自由度の高い珍しいタイプのゴジラ映画だったけれども、15分も見ていれば彼が怪獣にあまり興味がないであろうことがよくわかる(ーー;) どちらかと言えば「どうすればカッコイイ画が撮れるか」「意表を突いたアクションシーンをどう撮るか」と言った方向に力が注がれていて、キース・エマーソンのふにゃふにゃな音楽のせいもあったけど全然ゴジラ臭のない作品になっていたわけで、そういう監督さんには出来れば今後はご遠慮いただきたいとも思っているのだ(北村龍平は好きな監督だけどゴジラには少し合わなかったな)

これだけ全世界でヒットすれば当然シリーズとして継続していくだろうから、以降の作品にはゴジラ愛と言いますか怪獣愛と言いますか、最低限の拘りを持った人にメガホンを取ってほしいというのはあるけれど、それさえ伝われば映画がよっぽどの内容で無い限り( ̄。 ̄;)許せる物になるんじゃかと言う気がするけどねー(本作の監督ギャレス・エドワーズはその点を余裕でクリアしていた)

またこの新作を見て感じたのは作り手が「54ゴジラ」をリスペクトしているのは随所で伝わってくるのだけど、決して啓蒙/プロパガンダ的な映画を作ろうという事では無く、あくまでも現代娯楽映画としてゴジラを復活させようとしたのではないかということ。その方法論は正解だったなと思えたし、原発事故(じゃんじら市という架空都市のネーミングが怪獣調で笑ったなあ(^◇^;) 思わず「ネコジャラ市」のことも思い出したよ)や津波等近年日本で起こった災害が取り入れらたのはそのことで何か訴えようと言うよりは日本産のゴジラがアメリカへ上陸するためのエクスキューズとして処理しようとしたのではないかなと。

そしてこの「GODZILLA」について僕がもっとも良かったと思っている点は人が巨大怪獣を見上げる視点が徹底してリアルに表現されていたところにあった。例えば「パシフィック・リム」でも破壊された近代怪獣映画名所となりつつあるゴールデンゲートブリッジでのくだりでもまともに怪獣を映すのではなくスクールバスの窓ガラスに反射した怪獣の姿を断片的に見せたり、常に画面手前に人か物を配置して怪獣の大きさが目視で確認できるアングルを確保しているとか、どうやればゴジラが巨大に見えるのかというのを全てのシーンで熟考しているのがよくわかったし、似たようなカットが連続しないように色々と工夫した絵作りがされている気配り加減もたいしたものだと思えた。

また本家東宝ゴジラでもよく使われていた怪獣を敢えて奥に配して奥行きのある場面を作り、3Dの効果を最大限に生かしていたこと、さらに旨いなと思ったのは土埃向こうからじわじわとその姿を現してみたりする恐怖演出等(つい最近「サンダ対ガイラ」でよく似たカットを見たばかり)かなり円谷特撮を勉強しているのがよくわかる。

3Dで見ていたせいもあるが怪獣たちのデカさ、圧倒的な巨大重量感というのはもうとんでもないレベル。これは悔しいけど日本でゴジラの新作作ったとしてもここまではまず出来ないだろうね( ̄。 ̄;)

そんなこんなで文句もツッコミどころも山のようにありながら(ーー;) 魅力の方が遙かに上回っていた作品だったというのが我が輩の感想。目下のところ今月中には字幕2D版にも行っておこうと考えているところである(吹き替え版は概ね悪くないが、エル(エリザベス・オルセン)の声をアテた波瑠と言う人があまり巧くなかったなあ。声も若く聞こえてイマイチ合ってなかったし。それ以外は問題なし。佐野史郎の声はまったく気がつかなかった・・・)

なので、お盆休みお時間ある方は是非この「GODZILLA」をご覧くださいませ
わたくし自信を持ってオススメさせていただきます。

※今気がついたけどこの記事のアップが8/6と言う日になるとは、狙ったわけでもないのになんという偶然・・・


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