説明できる人求ム

仕事帰りにオッサン一人で「仮面ライダーW&ディケイド/MOVIE大戦2010」を見てきた。



「ディケイド」の4ヶ月遅れとなる有料最終回はやっぱり意味がワカラナイ(__;) いろんなところでWIKI的な説明文も読んだがワシの理解力が乏しいせいもあるのかまったく要領を得ないままなのだ。今回の映画版でもワシが勝手に受けた印象だと(それもめっちゃ端折って書くと)結局は自分探しの旅だったのかという殆ど自己啓発本のプロモみたいな内容やないかいという捻くれた受け止め方しか出来なかったし。

そらまあ番組スタートの時から何処までも「10年のイベントライダー」という形で始まった主人公だし、おそらくは企画会議の席などで「今までのライダーをみんな出したい」→「でも役者のオファーがたいへん」→「声だけ変えたら”にせライダーかよ!"と突っ込まれるかも」→「じゃパラレルワールドってことにして都合良く”リ・イマジネーション"と謳ってしまおう」という流れがあったんじゃないかと、そんな気がして仕方がないのだ。従ってストーリーの整合性などはいっさい考えずに複数のライダーをどう絡ますかと、それだけを唯一無二の芯として番組作りがされていたのではないかと思ってしまったなあ。こんなやり方はハッキリ言って一発勝負ならともかくシリーズヒーロー物としては邪道だとワシは思うけどね(現役の子供にも往年のファンに対しても)

一方の「W-ビギンズナイト」の方はエピソード0ということで1話に至る経緯がスムースに展開されており、完全なテレビシリーズの補足版になっているのがわかりやすくてよかった。そもそもこの番組のドラマフォーマット自体が♪俺たちはいつでも二人で一つだった、風都じゃ負け知らず♪という青春アミーゴ調のバディムービーの体を取っているのと「探偵物語」を模した舞台設定と人物配置、そしてはっきりした「悪の組織」の存在とWのデザインが旧来の仮面ライダーのシルエットになっていること(平成ライダーは「仮面ライダー」という言葉をほぼ屋号として使っているきらいもあったのでひさしぶりにライダーらしいライダーとも言えるだろう)等々、物語への入り口がワシのような旧世代の人間にとってはひじょうに口当たりがよいのも好意的に受け止められた要因だと思っている。

今回の劇場版では鳴海荘吉こと仮面ライダースカル(この「スカルマン」をアレンジしたデザインが実にかっこよくてよい)の登場のさせ方も特に気張ったムリなストーリーじゃなく、ふだんのシリーズ通りの自然な流れで出てきたので(前回の「大ショッカー」のときのようなガクトがライダーマンとして登場したムリヤリなくだりとは全然違っていた)吉川晃司というメジャータレントの投入もそんな違和感は感じなかったのだ。

そしてなにより吉川の出演は浮いてしまうかと心配していたのを余所に思いの外ハマっていたというか、これで終わるのが勿体ないほどこの役には合っていた。出来ることなら今後の劇場版かシリーズの方で再登場を願いたいモノである。とにかく彼の活躍場面はどれも渋くてよかった。

おそらくまだ説明されなかった「鳴海が変身できるようになった理由」が明かされる機会があるはずなので、そこで出てくれればいいのだけど(主題歌も歌ってもらうようバーター交渉すればまた出てくるのではないか)
見たがな
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