4th Kind~"Attack of the Killer Tomatoes!"

めっさ久しぶりに書く自主映画思い出話、今回は4本目。

-1987~1988年-

高校を卒業後僕は県外に就職し、かつての映画仲間とも以前のような頻度で顔を合わすことが無くなっていたのだが、21歳の時に会社の異動で晴れて地元に凱旋することに成功。また旨いことこのタイミングで同じように県外に出ていた先輩・同級生らのメンバーが何人か地元に舞い戻ってくることになった。

もう何きっかけでそんな話が出たかはまるっきり覚えてはいないが、自分含めたそれらのメンツが集まった際これだけ人が揃ったんならまた映画作ろうよと言う気運が盛り上がり、ほぼ全会一致で賛同を得て話はとんとん拍子に決まってしまった。我々は懲りもせず(ーー;)またも蟻地獄のようなあの世界へと舞い戻ることをここで決断したのだった。

作品の決定には紆余曲折あり(これを書き出すと長くなるので割愛するが)最初の話し合いから1年を経た88年に決定稿が完成。初稿を僕が書き推敲を御大メンバーにお願いし仕上がった作品タイトルは「S」となった。そしてここまでの課程で決まっていたのは1.台詞はすべて方言で 2.郷土色を嘘くさいほど前面に出そう 3.撮影フォーマットはビデオで行う の三点。中でも3については過去8ミリフィルムでの映画作りしか経験の無かった我々にとっては新しい事への挑戦でもあったわけである(こう書くとなにやらかっこええのお(__;))

そのビデオによる最初の作品となった本編のあらすじを説明すると・・・果樹園で突如体中の水分を吸い取られた変死体が見つかった。地元警察と地元科学者の調査によってそれはどうやらその土地に代々伝わる物の怪(と、されていた突然変異による動物を補食する果実の出現)の仕業であることが判明。物の怪は個体数と犠牲者を増やしながら県下最大の河川流域へと拠点を移そうとしていた。人間側も必死の反撃を試みるが敵は強大、果たして最後に勝つのは物の怪か?人類か?

などとさらっとストーリーを紹介しただけであークダラネー(ーー;)と言われそうな話ではあるが、これは元々アメリカで70年代に作られたカルト映画「アタック・オブ・キラートマト」をリスペクトしたパロディでもあり、物語の骨子は完全に1954年「ゴジラ」をベースにしたやや毛色の異なる"ローカルSFサスペンス"なバカ映画になっているのである(と、自負している。せめて作った本人くらいはそう言ってやらないとなー・・・)

なにせビデオで映画作るのも初めてだった上に、こんな突飛な話今までやったこともなかったから製作進行はかなり難しかった。そもそも果実が人を襲うシーンとかどーすんの??と思っていたが監督を務めた御大氏のアイディア小道具・撮影テクニックを駆使した細かい仕事と主役の一人であった某先輩の怪演がそれなりに効果を上げ、30分という短い尺ではあるが楽しい作品になったのではないかと思っている。

技術的にはメインで使っていたのが御大所有のカメラ一体型VHS。編集は当時ソニーが販売していたMSXパソコンのHB-900F(コレはなぜか僕が所持していた)基本的にTC編集なんか出来ない物だったので、カット間の間合いを詰めたりするのは編集者のカン任せ(__;) その割には美味いこと繋がったなと思ってるけど、アレはまだ若くて反射神経が残ってたからでしょうな。

製作期間はちょうど半年。もともとこの映画は次に撮る予定だった刑事アクションものの「練習」+「数年のブランク解消」の扱いだったので、その意味では良い慣らしになったのではないだろうか。

あと蛇足ながら本作は当時学研から出版されていた「月刊ビデオキャパ」という雑誌のコンテストで入選した実績を持っている。賞金は1万円だったけど(ーー;)何事に於いても評価されるというのは嬉しいものだと感じた次第である。今思い返せばこのあたりまではホントに楽しかったなあ・・・
 


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