キノコのせいじゃないよ

平日のレイトで「悪の教典」を見てきた。
 

今回失敗したなと思ったのは先に原作本の方を読んでから映画を見に来てしまったことで、過去この順番で旨くいった試しは殆ど無くだいたいは原作>映画という感想になるのは目に見えていたのだけど一縷の望み(「告白」みたいにどっちも面白いケースがないわけじゃないんで)で後追いの映画版を見てみることにしたのだ。

簡単に感想を書くと原作を巧く纏めましたね、というのをまず感じる。登場人物とエピソードの絞り込み(一人に二人分のネタを割り振ってみたり)がキレイに処理されていて、原作読破組の人にとっては実に分かり易い親切な映画になっていたようだ。

しかし身も蓋もないことを書いてしまえばこの映画版は「原作のダイジェスト」以外のものにはあまりなってなくて、映画ならではの面白さ(バイオレンス描写に定評のある三池崇史が監督をしているにしてはややおとなしめだし、この話ならもっとエログロ度が高くても良かったはずなのにそれが無い。もっと言えばハダカと肉体破壊描写の不足というか)という点ではかなり物足りない感が強かったのである。

特にキャストを聞いたときから思っていた伊藤英明のほぼ原作イメージ通りな印象が、イケメン!爽やか!女子生徒にモテモテ!でもサイコパス!という設定の最後以外はほぼ完璧な配役になっていたことに感心すると同時に、どれだけ人を殺す場面が続いても爽やかすぎてちっとも怖くないのがこの手の映画としては致命的な弱点となってしまっていているように感じるのだ(残念だけど結局それは彼の演技者としての限界なのかなって思えたことでもあった)

また本気で惜しいと思うのはどうして以前の事件をこの映画に利用しなかったのかということ。原作では主人公の思考や行動を事細かく表現してくれている関係で何でコイツがこんな酷いこと出来るのかというのが読めばわかるようになっているのだけど、映画の方では突然というかほぼ唐突に凶行へ走るように見えてしまっている。したがってココは敢えて映画独自の設定でマジックマッシュルームを丸かじりしながら事に及ぶようなシーンを挿入すればよりリアルなサイコパスの芝居が出来たのにと、マジメ且つ真剣に僕はそのことを惜しんでいるのである。
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