毒婦と怪獣の二本立て

ひょっとしたら先月だったかもしれないが、もはや何日だったかすら思い出すことも出来ない「後妻業の女」を見てきた話。

 

元々は「シン・ゴジラ」の字幕版が期間限定で上映されると聞いていたのでそれを観に行くついでにもう一本見ようかとなったのであった。我が輩の仕事はよほどのことが無い限り役所並に17時きっかりで終了するためシネマサンシャインへは三〇分後くらいに到着出来る。シンゴジ字幕版は21時前後のレイトでもやっていたのでそれならばと18時台に何かないかと調べてみたら「後妻業の女」か「君の名は。」あたりがちょうど良く、どうしようか躊躇した結果客の少なそうで尚且つ平均年齢の高そうな( ̄。 ̄;)「後妻業_」の方を選定してみたわけなのである(じっさい客席は我が輩と同世代かそれ以上の年配客が多く、みょーな安心感があり)

映画の中身は関西で遺産/保険金目当てに結婚と殺害を繰り返した末逮捕された筧千佐子容疑者をモデルにした小説「後妻業」(著者:黒川博行)を映像化したモノ。私は原作を未読だがこの事件のことはテレビや雑誌やネットでさんざん紹介されていたのでだいたいの詳細についてはわかっているつもりだった(この10年程度の幅で同様の事件だと鳥取関東でも発生しているが、この物語については完全に筧千佐子をアテ込んで作られているとみて良いだろう←筧容疑者の写真やインタビュー動画を見ると、大竹しのぶの演技フォーマットというか役作りでこのおばちゃんを参考にしていたのがよくわかる)

そうした陰鬱で怖い事件をこの映画では比較的ブラックなコメディに転換していることが奏功して、なかなか楽しめる作りとなっていたように思う。毎度の事ながらストーリーの詳細については書かないけれども上映時間一二八分の九〇分くらいまでは、大竹しのぶ扮する超毒婦・小夜子+トヨエツ演じる悪のボス・柏木VS被害者の娘・朋美(尾野真千子)+弁護士(松尾諭)+探偵(永瀬正敏)の変速タッグマッチの攻防が面白くて、最後どう落とすんだろうという期待感がどんどん募ってくるのだけどラストはけっこうな肩すかしになるのが個人的にはちょっと勿体なかったかなと(途中から永瀬がひとりで暴走を始めるのが突然すぎてムリあるし、こんな思慮深い設定の探偵があんな思いつきみたいな浅知恵で動いたりせんだろとも思ったなー・・・)

それでも小夜子の毒牙にかかる老人メンバーのキャストがみんな濃い人ばかり入れ替わり立ち替わりで登場し(六平直政だったり森本レオだったり伊武雅刀だったり。で、最後にやられたのが津川雅彦さんというのも豪華)合間合間で現れる柄本明とか泉谷しげるとか笑福亭鶴瓶とかどこまで濃度濃いねん!というジジイ俳優オールスターな配置なのは十分見所として成立していたように感じられた。

それ以外でもひたすらエキセントリックな言動しかしない小夜子の息子(風間俊介)や若い美人ホステスの理紗(樋井明日香←こういうテーマの映画でエロシーンが無いと嘘臭くなるんじゃないかと心配してたけど、この子がそれを一手に引き受けてくれたのは高ポイントとして評価出来る)なんかが絡んでくる後半になると、もうこのあたりからは物語を追いかけていくことの意味は殆ど無くなってしまい(ーー;)キャラクター勝負の変人大全みたいな様相に突入し、最終的にその勝者が大竹!みたいな、そんな強引な纏め方をされたようにも思えたのだった。正直劇場で見るほどの映画とは思わなかったけど( ̄▽ ̄;)もしテレビで放送してたらたぶん最後まで見てしまうような、そういう小品的快作と言ってもいいのかもしれない。

あとこの映画で我が輩がいちばん感じたのは関西弁に対する違和感があまりなかったことで、これは実はけっこう難しいことだと思っているのである。関西弁を主要言語に用いた過去のいろんな映画/ドラマ等でも、そこがネックになってスっと作品世界に入っていけないケースが間々あったのだけどこの映画にはそうした不満を感じる箇所があまりなかったのだった(これは関西在住の方ならわかっていただけると思うが、たとえば「極妻」シリーズの岩下志麻や「ミナミの帝王」での竹内力(終盤はだいぶ上達してたけど)等々、そら違うやろ~と言いたくなるイントネーションの数々に対して)

それが本作では殆どの俳優さんが旨く処理しており、エセ関西人的方言を発する人があまり居なかったのが特徴的だとも思っている(調べたら豊川悦司と水川あさみは大阪、尾野真千子は奈良、松尾諭は兵庫とリアル関西人を揃えていたのも効いていたようだ。主要キャストの中では九州人の永瀬正敏がいちばん苦労していたような感じではあったかな)さすがだなと感じたのは東京人の大竹しのぶが自然な関西弁を口にしていたことで、このへんは演技力の高さもありながら関西人の元・夫の影響下もあってのことかと、圏外から好影響を与えたであろう明石家さんま師匠の貢献度も称えておきたい。

あと二度目鑑賞の「シン・ゴジラ」(字幕付き版)については特に改まって書くことは無いのだけれども、初見時とは違った面白さを感じて最後までまったく集中力が途切れることは無かった。それが何かというと映画の中の情報量を咀嚼出来る余裕を与えてくれたというか、ははーそういうことだったのかと今になってわかる己の中での枝葉部分消化だったと思うのである。コレは面白かった小説や漫画を二度読み三度読みして感じる深読みの楽しさであって、すべての映画に当てはまることでは無い特殊な作品(埋め込まれたデータ量が異常に多いという点で)であるシンゴジならではの物だとも感じているのだった。

と、考えたらばもうそろそろひと月近く映画館に行ってないではありませんか。「ゴーストバスターズ」も終わっちゃったし( ̄。 ̄;)次は「スーサイド・スクワッド」に行くべきか・・・
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